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華が散る時
2013/10/15(火)20:56:09(11年前) 更新
ここからが本編です
『緊急事態発生 精霊が脱走しました』アナウンスが流れてきたとき、俺ははっとした。もしかしたら、その脱走者というのはニトロなのかもしれない。だとしたら非常にまずい。ニトロは今あの青い男が死んだせいでおかしくなっているかもしれないのだ。その状態で闇雲に最上階に突っ込んでいったら、きっとクレアラに殺されてしまう。
頼む…来ないでくれ…来たら殺されてしまう…
そう思わずにはいられなかった。…その直後、鈍い音がきこえ、その後ニトロの悲鳴が聞こえてきた。決定的だ。『脱走した精霊』というのは、ニトロの事だったのだ。ついに下から階段を上がってくる音が聞こえてきた。だんだんとその音は大きくなってきた。ニトロが来たのだ。
ニトロは、すでにボロボロで動いていられるのが奇跡のような状態だった。右腕はおかしな方向に曲がっているし、左足は引きずっていた。そのうえあちこちに傷があり、血まみれだった。左目は何のせいなのか、黄色ではなく赤黒い気持ち悪い色に変色し、右目は目に血が入ってしまったせいで、ほとんど見えていないことだろう。ニトロは、この階に着いてすぐ剣を落とした。そして嬉しそうな顔でこう言った。
「チェック…!」
恐らく、毒のせいで幻覚が見えているのだ。俺の事があの青い髪の男に見えているのだろう。精霊用の毒は、幻覚と幻聴によって精神がおかしくなることを前にコルテックスから聞いた。もうニトロにはかなり毒がまわっている。俺の方にニトロが駆け寄る。違う。俺はあの青い髪の男ではない。でも、言うことができなかった。ふらふらと駆け寄ってくるニトロの姿が、あまりにも哀れで。今にも倒れてしまいそうなニトロ。それなのに、俺を青い髪の男だと思って俺の方に駆け寄ってくる。…『違う』だなんて、言えるはずがなかった。
その時、ニトロの背後から銃声がした。ふと階段の方を見ると、クレアラが立っていた。手には対精霊用の銃を持って。ニトロは俺の目の前で倒れた。
クレアラは俺を睨んで、「『脱走した精霊を見つけたら撃て』と言ったはずです。」と言って、それから呆れたような声で、「まあ、いいでしょう。この精霊は、腹に弾丸が当たったのでもうすぐ死ぬでしょうし。後は任せましたよ。私は他の者に指示をしなくてはいけないので。」そう言って去っていった。
俺はクレアラが階段を下りて行ったのを確認した後、ニトロに呼びかけた。まだ死んではいない。すぐに精霊用の薬を持ってくれば、もしかしたら回復するかもしれないと思ったからだ。走りだそうとする俺を、ニトロが引きとめた。
「行かないで、チェック。」ニトロが小さな声で言った。
「ニトロ…」俺は呟いた。それを聞くとニトロはふっと笑って、「良かった。やっぱり、チェックが死んだなんて嘘、あたしの悪夢だったんだな。」と言った。…否、お前の大好きなあの男は、今お前に幻覚を見せている毒と同じ毒で死んでしまったんだ。俺はあの男じゃない。
「ずっと、そばにいてくれ。」俺の手をそっと握りながらニトロは言った。どうして、視界がにじんでしまうんだろう。どうして、俺の目から涙が出てくるんだろう。わからなかった。それを見てニトロはくすくすと笑って言った。
「何で泣いてるんだ?泣かないでくれよ。あたし、チェックの笑った顔が…。」
ニトロの言葉はそこで途切れた。俺の手を握っていた彼女の手は、俺の手を離していた。
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