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とある真夏の墜落事故(クライマーズ・ハイ)
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ここに居てもいいのか
2012/05/31(木)00:25:05(12年前) 更新
25年前に航空機事故で亡くなった人たちの物語です。
俺は25年間死後の世界に居る。
ここはすごく住みやすい。さすが死後の世界。食い物にも金にも困らない。
言葉の壁も取り払われている。
そして何より争いがない。
人々は悩みもなく、苦もなく、自由に気ままに生きている。
しかし俺は、悩みも苦もある。
「こんなところで暮らしていいのだろうか。」
俺は25年間、その悩みに追い回されている。
なぜなら俺は、人を殺したからだ。
25年前
ドッシーン!!
俺「なんか爆発したぞ!エマージェーシーコールだ!」
小林「油圧が下がっています。油圧が!」
俺「機体そんなに傾けんな!」
小林「ダメです!傾きが元に戻りません!」
俺「なんでこいつ・・・」
俺「気合入れろ!」
小林「はい!」
俺「失速するぞ!油圧は?!」
高崎「全部ダメです」
俺「高度下げるぞ!」
小林「はい!」
俺「両手でやれ両手で!」
小林「はい」
高崎「キャプテン、車輪出したらどうですか?」
俺「だめだ。車輪が降りない!」
高崎「手動でおろしましょうか?」
俺「ああ!」
俺「もっと高度下げろ!」
小林「いま、舵いっぱいです!」
俺「《JIA321、操縦不能!》こりゃあダメかも分からんね。」
俺「おい!山だ!コントロールとれ!右!!」
小林「はい!」
俺「エンジン全開だ!」
高崎「がんばれ!!」
俺「どーんといこうや!がんばれ!!」
小林「はい!」
俺「《えー、操縦不能!JIA321操縦不能!》機体上げろ!」
小林「はい!」
俺「フラップ止めな!(翼の面積を広げ、上に行く力を強める機械。これを広げると、速度が下がっていき、失速してしまうから。)」
高崎「あーーー!!」
俺「エンジン!フラップ!皆でくっついちゃダメだ!」
小林「フラップアップ!フラップアップ!」
俺「あげろあげろ!!エンジン入れて!!」
〔シンクレイト!シンクエイト!(降下率注意)ウーウー、プルアップ!ウーウー、プルアップ!(引き起こせ)〕
今でも思い出す。あの感覚、あの恐怖、感情のない警報機たちが奏でる焦燥。あの部屋。あの場所にはもう二度と行きたくない。関係者と話もしたくない。
原因がもみ消され、ボイスレコーダーの音声まで書き換えられ、ろくに調査も行われなかった。520人の死はたった一年間で時効となった。再調査も行わず、被害者達の声に耳をふさぐ。
こんな国だったのだろうか。こんな人々だったのだろうか。
面子、身分、そして金。
誓い、決意、そして心。
どんな秤で計っても、重いほうは分かりきっている。しかしいつしか人はそこから目をそらし、荷の軽いほうを選んだ。
恐怖、狂気、絶望・・・
そういう負の感情から楽な道を選んでしまう。
こんな国だったのだろうか・・・こんな人々だったのだろうか・・・
もう夕飯の時間だ。何故また考えてしまったのだろう。何度考えても、出る答えは同じなのに・・・
次の日
今日は朝から騒がしい。どうやら隣に誰かが引っ越してくるらしい。俺の住んでる家はアパートなので、よく響く。仕方がないので今日は一日どこかに出かけることにした。しかし、行く当てがないので、やっぱりドライブにしよう。
愛車の鍵を開け、ガレージから出る。高速道路に出て、うろうろする。首都高を何周しただろうか。空はだんだん赤みを帯びてきた。腹も減ってきたので、そろそろ帰ることにした。湾岸線を東京方面へ。直線ばかりなので、ついついスピードに乗ってしまう。
多摩川トンネルをくぐろうとしたとき、一機の飛行機が飛び立っていった。B747-400SR。通称ジャンボジェットと呼ばれるこの飛行機。おそらく大概の者は飛行機と聞いて真っ先に思いつく型だろう。偶然にも、俺が事故った時と同じ時刻、同じ機種、同じ日にちだったので、嫌でもあのことが思い出されてしまう。湾岸なんてスピードが乗って楽しいからなんて理由で来るんじゃなかった。
家についたのはちょうど日が落ちたときだった。引越しももうすぐ終わるらしい。やっと静かになる。夕飯を作り、食べようとしているときだった。
ピンポーン
インターホンが鳴った。今日引っ越してきた人が挨拶にでも来たのだろう。と思いドアを開けた。
小林「あ、どうも。今日となりに・・・」
俺「・・・」
俺はばたんと扉を閉めた。夢?幻?
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
小林「二酒先輩ですよね。あけてくださいよ。うまい酒持って来ましたよ。」
知るか!お前とはもう話をしたくないんだ。帰ってくれ!
間違いない。このふざけた性格。あの時副操縦士を務めていたあいつだ。
小林「高崎先輩。二酒先輩開けてくれないんですよ。もう他のところは済んじゃったし・・・」
高橋?嘘だろ!?あのときの航空機関士までいたのか!っていうか、あいつら同姓してんのか?
俺「おえ・・・(吐いた)」
高崎まで・・・あいつら何しに来た。俺の記憶を引きずり回してどうしようってんだ。ふざけてんのか!
ガリガリガリ・・・
え?鍵を開ける音じゃない。何かを引っかいている音でもない。
小林「すげえ。高崎先輩ピッキング上手ぇ。」
ピッキングかよ!!こうなったら何が何でも開けさせない。俺の腕力をなめんな!
俺はドアノブを力強く握り、手前に引いた。
高崎「よし、ピッキング完了。入れるぜ。」
入れさせない。入れさせてたまるもんか。予想通り、やつらは普通にドアを開けようとした。思いっきり力を入れているから、そう簡単には開けられない。二人で力いっぱい引いてもダメだ。俺の腕力には勝てない。
小林「そういえば、高崎先輩って神様の座についてたんですよね。」
高崎「ああ。そうだ。分け合ってピッキングしたら神の座を蹴落とされた。まあ、仕方ないかな。ちょっと離れてろ。今からその片鱗を見せてやる。」
こいつが神様?こんな変人が神様なんかやったら天国が滅茶苦茶になる。今その座についていなくて良かった。
ドアの向こうでぱちんと指を鳴らす音が聞こえた。そのとたん、ドアはすごい勢いで開き、俺は外に吹っ飛ばされた。
小林「やっぱそうだ。先輩。お久しぶりです。隣に引っ越してきたんで、挨拶に来ました。」
高崎「いやー、隣に先輩が住んでるとは思いもしませんでしたよ。」
抵抗むなしく、結局俺の部屋に入ってきやがった。しかもこいつら、自分で持ってきた酒を飲みまくって酔い出して、自分達に飯を食わせろという。
俺「飯くらい自分で作って食えー!」
小林「だって作り方わからないし。」
高崎「同じく。」
こいつら、挨拶しに来たんじゃないのか。挨拶通り越してもうただの迷惑オヤジだ。とっとと帰ってもらいたい。こうなったら、酒をべろんべろんになるまで飲ませて眠らせ、無理やり巣に返すしかない。
俺「くそ!好きにしろ!」
こうしてほったらかしにしていれば、勝手に酒を飲み、勝手に眠りについてくれる。そしたら俺の勝ちだ。ん?なんだこいつら、酒持って俺に近づいてきた。
高崎「二酒せんぱーい。先輩も酒飲みましょうよ。」
小林「酒飲めばあんな事故のこと忘れられますって。」
お前らがいるから思い出しちまったんだろ!気がつけば俺は小林に羽交い絞めにされて、高崎に酒を無理やり飲まされていた。目が覚めたら次の日の朝だった。
小林「先輩、大丈夫ですか?」
昨日あんなことされて大丈夫なやつがあるか!と、言いたかったが、二日酔いで頭が痛くて、しゃべれなかった。
高崎「おまえ、あのことまだ気にしてたのかー。もう皆気にしてねえよ。俺達も、あのときの乗客も。下界にいるやつらはまだうだうだ言っているらしいけどな。」
何のことだ。いつ俺はそんなことを言ったんだ。俺の記憶を読み取ったとでも言うのか。
小林「先輩、寝言うるさかったですよ。機体上げろーとか、失速するぞーとか。おかげでこっちはまともに寝れませんでしたよ。」
高崎「たった30分間の出来事なのに、お前8時間もそういう事言ってたぜ。あれかな25年だぜ。いい加減立ち直れよ。」
そうか。寝言でか。俺はまだ立ち直ってないんだな。そりゃそうだ。昨日も一昨日もそれについて考えてたもんな。
俺「なあ、高崎。俺どうやったら立ち直れるのかな。」
高崎「そういうのは自分で考えてください。俺はもう神様じゃないんですからね。」
俺「一番いいのは忘れることかな・・・。」
高崎「そういうのは忘れちゃダメですよ。こういう出来事こそ、忘れてはならないんですよ。」
俺「じゃあ、どうすればいいんだ。お前らみたいに、あの事故を忘れずに、それでいて明るく過ごすにはどうしたらいいんだ。」
小林「決して明るく過ごしているわけではないですよ。事故の日がやってくるたびに思い出す。事故の日に限らず、忘れる日はありません。」
俺「じゃあ、どうすれば・・・」
高崎「俺達はこうしている。」
高崎が指を鳴らすと、そこは満席の旅客機の中となった。外は夕方。よく見ると・・・羽田?
小林「一緒にコックピットに行きましょう。」
いったい何をしようというのか。まさか、またあのB747を飛ばそうというのか。コックピットの日付を見る。
〔1985 8/12 6:08〕
間違いない。あの時、俺達が操縦していたあの・・・。
高崎「忘れてしまうか、それとも正面から向き合って戦うか。」
意味ありげに高崎が俺に言う。二人はあの時のように操縦席に座っている。出発前の最終チェック。目前に滑走路。一つだけあいた機長席。俺がここに座るのか。そんなことは絶対に・・・
ー忘れてしまうか、それとも正面から向き合って戦うかー
俺は決意した。俺はこの事実と、正面から向き合って戦う。
俺は機長席に座った。
小林「二酒機長。オールグリーンです。」
お前は俺をまた機長と呼んでくれるのか。俺は黙ってスラストレバーに手を伸ばした。機長席と副操縦士席のちょうど真ん中にあるこのレバーで、エンジンの出力を調整する。俺はゆっくりと7割くらいまでパワーを上げ、滑走路の安全を確認すると、一気にフルパワーで機体を加速させた。
小林「V1」
この速度に達した。この速度に達したときは、何があろうと離陸しなければならない。
小林「Vr」
そのコールと同時に、俺は機首を上げた。やがてふわっと接地感が無くなり、機体は12度上を向いた。
小林「V2」
もう速度がついて、安全に上昇を続けられる。
小林「ギアアップ」
俺「ギアアップ」
俺が復唱し、ギアと呼ばれる車輪をしまう。機体はそのまま上昇を続け、やがて大阪に進路をとる。美しい夕焼け。雲の上に入り、さらに赤みを帯びた空が広がる。陸が遠ざかる。
初めてパイロットになり、初めて飛んだ日、俺は遠ざかる景色を見て、人間とは実に小さなものだ。と思った。山が、海が、雲が、空が、俺達の存在の小ささを教えてくれた。
ー飛ぶことでしか分からない。飛ぶことでしか伝えられない。ー
今の下界のやつらは、テレビやインターネットで見たり聞いたりした情報で良しとしている。だが・・・
ー他のパイロットもそうだろう。飛ぶことで、自然と分かり合ってきた。ー
どんな性能のいいテレビでも、どんなに伝えるのが上手いナレーションでも、飛ぶことによって教えられることには敵わない。
ー溶け合うように飛び、そして分かり合う。ー
ー飛ぶ・・・。それ自体がこの雄大な自然と分かり合える唯一の方法なのかもしれない。ー
ドッシーン
来た!!!ビービーっと鋭い音を響かせる警報機、尾翼が吹き飛んでバランスを失う機体。左右に、上下にふらつく。舵を失い、制御が出来なくなった金属の塊。
ー俺はこの事実にケリをつける。今まで俺は逃げていた。ただ考え、ひたすらに嘆くのは正面から向き合っているとはいえない。ー
ー事実というのは、こういうことでしか分からないんだ。ー
25年前と同じだ。この空気。この張り詰めた狭い部屋。覆いつくすような、夕焼けのカーテン。
機体は北に進路をとり、不安定な飛行を続ける。さまざまなところから連絡が入る。羽田空港、大島レーダー、所沢管制室、横田米軍基地。ギアを下げる、エンジンの出力をわざと左右不対称にし、無理やり曲げる。あらゆる手を尽くすも、機体は、まるで人間に反逆をするように、山の方向へと進んでいく。
夕焼けのカーテンは、月夜に溶けていき、銀色のライトが、群青色の空が、俺達の戦いのクライマックスを告げていた。期待は突然右に傾いた。地面がだんだん垂直の壁のようになっている。右に80度近く傾いた機体は、揚力(上に上がる力)を失い、螺旋階段を下るかのように、旋回しながら落ちていった。
〔シンクレイト!シンクレイト!ウーウー!プルアップ!プルアップ!〕
機体はエンジンの出力を上げたため、わずかに上を向くが、時は遅く、俺達の努力も虚しく、右の主翼が山にぶつかった。機体はブーメランのように右に回転した。
俺「機体が言うことを聞いてくれない。ダメだ、立て直せない!!」
JIA321便 墜落――
気づくと俺達は元のアパートにいた。
高崎「どうだった。」
俺「ありがとよ。おかげで、この事実と正面から向き合えた。」
小林「そうですか。それは良かった。」
小林と高崎は隣の部屋に帰っていった。あいつらが来なかったら、俺はいつまでも嘆き苦しんでる、下らない日々を過ごしていたのかもしれない。
ーその飛行機を飛ばしたものにしか分からないー
ーその勇気、その覚悟ー
ー最後まで戦い抜いて、真っ白になった身と心ー
俺「ありがとよ。」
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