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ワルワルスクールデイズ
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第9章
2012/04/09(月)07:59:40(12年前) 更新
それは、まだパーシーが1年生だった時のことだ。彼の気弱な性格は、悪童の集まるワルワルスクールでは格好の餌と言えただろう。彼は入学してすぐに虐められていた。
そんなある日の事、パーシーは廊下で同級生達に囲まれていた。テリー・ブルーという男が主犯だった。彼はワルワルスクール生の鏡とも言えるほどの残虐性を
持っていた。わずか1か月で殆どのクラスメートを牛耳り、確固たる権威的な地位を確立したのである。程なくしてパーシーは、彼のおもちゃにされた。パーシーを囲む
男達を優雅にかき分け、テリーはパーシーの目の前にやってきた。
テリー「やぁ、パーシーじゃないか。元気してるか?」
しゃがみ込んで冷たい笑顔を見せながら地面に倒れこんでいるパーシーと目線を合わせる。パーシーの顔は既に傷だらけだ。
テリー「そういえば、小説とかで一番嫌な表現は何だと思う?それは爪を剥ぐことらしい。例えば、爪の先端がゆっくりと肉から離れていき、そこが見る見るうちに
赤く染まっていく・・・とかな。まぁ、俺は実際にやったことがないからそれぐらいしか表現思いつかないけどな」
その言葉を聞いてパーシーはゾッとする。文脈を無視して突然一方的に話題を振るのは何かよからぬことを企んでいるからだ。これは何もテリーだけに言えることではない。
そして、テリーは急にパーシーの腕を掴む。予想していたとはいえ、テリーのあまりに素早い動きにパーシーは反応が出来なかった。
テリー「幸いなことに、お前は女爪だな。これなら素手でもいけそうだ」
パーシーの手を見てうすら笑いしながらそう言ったテリーの表情は、悪意そのものだった。パーシーは何かを言おうと必死にあえぐ。そんなパーシーを無視してテリーは
パーシーの爪に指をかける。その時だった。突然、周りを囲んでいた男達が一斉に倒れ込んだ。テリーは冷たい表情で辺りを見回す。かといって、うろたえているわけでは
なかった。そして、傷ついた床に落ちていた物を拾い上げた。スーパーボールだ。といっても、普通のスーパーボールではない、とは持ってみて分かった。ゴムの塊とは
思えないほどの重みがあるし、違和感がある。おそらく重心が定まっていないのだろう。しばらくそれを見つめていると、テリーのもとに2人の生徒が寄ってきた。
当時10歳のニーナとナットだ。結論から言うと、これは2人のイタズラだった。ナットが改造したスーパーボールをニーナの腕力で思い切り弾き飛ばす。結果、その球は
(弾と書いてもよかった)恐ろしい速度で壁や床、人などの物体を反射し続けたのだ。
ナット「いや~、こんなにうまくいくとは思わなかったぜ。こいつは使えるな」
テリー「・・・これはお前らの仕業か。面白いことするな」
ニーナ「実はね、もう1個あるよ」
彼女は笑顔でそう言って、テリーにそれを見せつける。すると、テリーは急に表情を変えた。
テリー「それをよこせ」
その口調はちんけな強盗が無理に捻りだすものとは違った。落ち着いていて、素手で心臓を掴み取られるような低い声だ。その声は、傍で見ていたパーシーをも震え
上がらせた。この男は生まれながらにして人を服従させる人間なのかもしれない。彼女はきっとあのボールを丁寧に渡すことだろう。逆らえるわけがない。そう思っていた。
ニーナ「・・・じゃあ、あげるよ!」
そう言ってそのボールをテリーに向けて思い切り弾き飛ばした。その動作は先程テリーがパーシーの腕を掴んだ時よりも素早く、パーシーには一瞬何が起きたか理解する
ことができなかった。ただ、テリーが地面にうずくまって呻いているのが見えるだけだ。そんなテリーをよそに、ニーナはパーシーに歩み寄る。もしかしたら、その時
ニーナはテリーを踏んでいたかもしれない。テリーは一際大きなうめき声を一瞬だけあげた。そして、ニーナはパーシーに手を伸ばす。
ニーナ「ホラ、アンタアイツにやられてたんでしょ、大丈夫?」
ニーナの思いもよらない言葉にパーシーは困惑したが、しばらくして彼は彼女の手をとった。
パーシー「・・・痛ぁッ!!」
今思えば、パーシーはひねくれ始めたニーナが最初に目を付けた標的だったのかもしれない。だが、そのおかげでその後パーシーは比較的安泰な生活を送れるようになった
のは事実だ。彼はニーナに度々こき使われているが、同時に彼女に守られているのだ。
二酒「・・・成程ネ。それで、君は彼女に恩を感じているわけだ」
パーシー「は、はい・・・」
と、そこへ突然部屋の扉が開いた。3人とも扉の方を向く。扉を開けたのは、二階堂可憐だった。
二階堂「こんばんは・・・あら?今日はやけに人が多いわね」
この時、二酒も同じようなことを思っていたに違いない。そういう表情をしていた。しかし、予想に反して彼は二階堂に気さくに話しかけた。
二酒「ヨォ。これはまた何の用だ?」
二階堂「聞いてよ。今日、シクラメンとアテナの2人と水泳で対決したの」
二酒「シクラメン、アテナ・・・あぁ、最近話題になってた奴らネ」
二階堂「そう。まぁ、水泳の方は私が勝ったんだけど・・・」
二酒「そりゃそうだ」
二階堂「その後あの2人、ちょっと面白そうな事を言ってたの」
彼女の前振りにパーシーもどんな事か気になった。隣を見ると、リサも目を輝かせて興味津々といった感じだ。二階堂は少しためてから続きを言う。
二階堂「更衣室でね、2人があの事件の事を話してたわ」
事件、という言葉を聞いてパーシーはドキリとした。今から彼は、二酒が事件の犯人なのではないかと遠回しに訊きだそうとしているのだ。
二階堂「アテナの方が、最近会った人の中で何か引っかかる人がいるって言ってたわ。その人に会って、色々調べてみようって。あの2人、探偵ごっこでも始める気だわ」
二酒「フン、そんなもの、勝手にやっていればいい。それよりさっきの君の話、なかなか面白かったヨ」
突然パーシーの方を向いて、二酒自ら話題を戻したのでパーシーは不意を突かれたような気分になった。
二階堂「話?話ってどんな?」
二酒「二階堂にも後で聞かせてやるヨ・・・で、そのお礼という訳ではないが、君には本当の事を教えるヨ。あの時、俺は見山の部屋に向かっていた」
パーシー「え?」
二酒「今作っている装置にある材料が必要だったんでナ。あの男の部屋に入るのは癪だったが、あいつの部屋に忍び込んで材料を拝借するには、あの時がベストの
タイミングだと踏んだんだ・・・だがまぁ、まさかあの日まで見回り先生が見回っているとは思わなかったヨ」
パーシー「見回り先生・・・ですか」
見回り先生ことマルク・ミノワールは、深夜の校舎の見回りは最早日課のようなものになっていた。そして生徒や不審者を見つけると、その場である制裁を下すらしい。
その上、生徒にはその後マダム・アンバリーによる居残り授業という名の説教とお仕置きが待っているのだ。
二酒「そうだ。途中で足音と懐中電灯の光が見えたんだ。アレに見つかると厄介だからネ。随分と遠回りになってしまったが、それでも見山の部屋に辿り着いたヨ。
それで、材料を頂戴してまた見回り先生に見つからないように寮に戻った・・・」
パーシー「その時に、図書室近くを通りましたか?」
二酒「いや、いくら遠回りと言ってもそこは通っていないヨ」
パーシー「そうですか・・・」
二階堂「ひょっとしてあなた、二酒さんのこと疑ってるの?言っておくけど、二酒さんはあんな幼稚なことなんかしないわよ」
二階堂にも真意を見抜かれたパーシーは、もはやお手上げといった様子だ。
二階堂「ねぇ、二酒さんは誰がやったと思う?」
彼女の問いに二酒は答えなかった。かと言って、無視している様子とも違う。二酒は、何かを考えている様子だった。きっと彼はこうしている今も、何かを疑い、何かを
信じているのだろう・・・
二酒が最初に疑ったのは、電話だった。二酒の父親が操縦していた航空機が墜落し、その速報が二酒家のテレビにも映し出されていた。その直後、二酒家の電話が
鳴り響いた。まだ幼かった少年にも、電話の内容は大方想像できた。恐る恐る受話器を取ってみると、その内容はやはりメディアの取材だった。その後も二酒家の電話が
鳴りやむことはなかった。取材は勿論、乗客の家族の怒りの矛先も二酒家に向けられた。その時は母が慌てて彼から受話器を奪い取り、代わりに対応してくれたが、
やがては彼や彼の兄がその役目を負うことになった。母がストレスで死んでしまったのだ。数日後、二酒は学校へ行った。そこでも、やはりバッシングが待ち受けていた。
何百人もの人間を殺した奴の子だ、と。そんな奴をいじめても罰はあたらない、と。二酒はその日、ボロボロで帰宅した。家に帰っても、親の姿を見ることはできない。
1人だ。しばらくすると、兄の宗佑が帰ってきた。見ると、兄もボロボロだった。2人は抱き合い、泣き崩れた。そんな2人をあざ笑うかのように、また電話が鳴る。
そして、この時彼はある事を悟ってしまった。
――人は同じ境遇に遭っていなければ分かり合えない――
リサ「そうだ!アタシも弦ちゃんに頼みたい事があるんだけど」
突然リサがそう言うので、パーシーと二階堂は怪訝そうにリサの方を向いた。二酒は相変わらず何かを考えている様子だったが、今回は確実に無視した。それでも構わず
彼女は話を続ける。
リサ「あのね、アタシ今すっごい装置を作ってるんだけど、弦ちゃんにも手伝って欲しいんだヨ!」
遊び半分なのかからかっているのか彼女は二酒の口調を真似して言った。案の定、二酒は無視し続けている。パーシーと二階堂も呆れてしまう。しかしその後の彼女の
台詞が気にかかった。
リサ「最初はバラバラだったのが、くっつくんだヨ!じりじり~って!バラバラが、くっつくのヨ!」
彼女は何かの拍子で突然気が触れてしまったのかと思う程の口調だった。恐らくは彼女が作ろうとしている装置の説明だろうということは推測できるが、それにしても
奇妙な台詞だ。「バラバラ」や「くっつく」とはなんの比喩だろう・・・?
二階堂「あなた、気は確かなの?」
二階堂が皮肉交じりに言った。しかし、その言葉はまさにこういう時に使うべきものなのだろうとパーシーは思った。
パーシーは軽く一礼してから二酒の部屋を出た。リサもすぐにその後をついてきた。
リサ「パーくんすごいね!」
パーシー「えっ?(パーくん!?)」
リサ「だってアタシ、弦ちゃんがあんなに喋ってるとこ始めて見たヨ。弦ちゃんの喋り方、面白いネ~」
どうやら彼女は二酒の口調を気に入っていたらしい。何度も彼の口調を真似して喋っていた。そのままご機嫌な様子で廊下を走っていった。パーシーは腕時計に目をやる。
もうすぐで午後10時になるかというところだった。
パーシー(早くニーナさんの所へ行かなきゃな・・・)
心の中でそう呟いて、彼はしっかりとした足取りでニーナ達のいる談話室へ向かった。
一方、ニーナ達はトランプを中断してケンの話を聞くことにした。
ケン「お願いです。僕も調査に加えてください」
シド「どうしてまた・・・」
カトリーヌ「まぁ、理由は分かるわ。アンタ、殺されたアルゴスのお友達なんでしょ?」
ケン「はい。アイツが誰にどうやって殺されたのか、それがどうしても知りたくて・・・」
その表情は実に穏やかなものだった。何か大きな決断をした清々しい顔とも言える。
ニーナ「それなら、逆にこっちが訊きたいことがあるわよ」
ケン「はい、それも勿論話すつもりです」
ニーナ「まず、そのアルゴスって奴は誰かに恨まれてただとかそういうのはあったわけ?」
ケン「それなら話は早かったんですがね・・・アイツは特に誰からも嫌われることはなかったはずです。呆れられる事はあっても・・・」
ナット「まぁ、こっちも期待はしてなかったがな。それ以前に仮に恨んでるやつがいたとしてもそれ以外の奴が犯人の可能性は十分にあるし・・・」
ここでは何の理由もなしに人を殺したとしても、その非道さを嘆いたり蔑んだりされることはない。なぜならここは悪の学校だからだ。
ニーナ「それと、何故あの時にあんな場所に行ったかのかは分かる?」
ケン「それなんですが・・・アイツは普段興味が湧かない限り大きな行動はしないはずなんですよ」
シド「それじゃ、あの噂に興味を持ったんじゃいの?」
ケン「僕も前にその事について聞いてみたんですが、本人は興味ないと・・・」
ナット「それなのに、進入禁止の地下倉庫へ行った・・・別の理由があったってことか」
ケン「恐らく。あそこにある別の何かに興味を持って行ったのか、あるいは・・・」
シド「あるいは?」
ケン「僕は、あの日アルゴスは誰かに呼び出されていたんじゃないかと思うんですよ」
シド「この時期にあんな場所に?」
ナット「確かに、あの噂が広まってんのにそんな場所に呼び出されて警戒しねぇわけがねぇ」
シド「よっぽど親しいか、絶対に逆らえない人でもない限り行かないだろうね」
ケン「いや、そのどちらでもないと思います」
ナット「じゃあ何だよ?」
ケン「僕が思うに、彼は噂自体に興味を持っているのではなくて、その人に興味があったんだと思います」
カトリーヌ「何何?恋心ってやつ?」
何故か茶化すように言うカトリーヌに対して、ケンは冷静に答えた。
ケン「その可能性もあるけど、そうとも限りません」
シド「・・・というと?」
ケン「アイツは、時々何考えてんのか分からないとこがあるんですよ・・・」
思えばケンは、いつだってそんなアルゴスについていっただけだった。彼がやり始めた他愛もない挑戦に参加して、最後まで張り合っていただけだった。どうして彼が
それに興味を持ったのか、どうして彼がそんなことを思いついたのかなど考えた事もなかった。自分はただ、アルゴスの後を追っていただけだったのかもしれない・・・
ケンは今になってそのことに気付く。将来が不安になるわけだ。ケンは自分を自覚していなかったのだ。アルゴスが居なくなった今、彼を追う事が出来なくなった今、
自分はどうする・・・?
ケンがそんなことを考えている間、ニーナ達には沈黙が流れていた。その沈黙を破ったのは、パーシーだ。二酒の調査を終えたパーシーが、この談話室にやって来たのだ。
パーシー「ニーナさん!訊けましたヨ!」
久しぶりにニーナの前で笑顔になったパーシーは、あ、と気付く。二酒の口調が写っている・・・。
ニーナ「ったく、やっと来たわね」
この日もニーナ達の会話は夜遅くまで続いた。
次章、更なる驚愕の事実が明らかに・・・!?
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