幻の最高速


ふぇにーちぇさん作

第11話  硬くしなやかに――

春川ボディワークス――――

春川は予想以上に傷んでいるFCの車体に苦戦していた。基本的な補強はされているのだが、ここまでヤレてしまえばそんなのは役立たずだ。

石田『これ以上ヤレない程度の補強で十分です。』

石田が春川にした注文だ。

春川「気に入らねぇナ、その考え方・・・」

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俺が10歳の頃。この世界を知ったとき、ボディ補強なんてものはちっとも注目されていなかった。
車を買ってチューニング、数年走ってボディがヤレたら新車のものと交換。元のボディはゴミ扱い。
18歳。中古で一番安かったが、憧れのポルシェを購入。バイトの金のほとんどをチューニングにつぎ込む生活が始まった。
そのとき、ボディ補強は必須チューニングの一部となっていたが、俺はボディごときで車が変わるワケは無い。
と、否定していた。金銭的にも、馬力を上げるだけで精一杯だった。
首都高を走り始めておよそ3年、転機の時が訪れた。一人の走り屋による圧倒的な敗北。
当事首都高7人衆であった男、大原 清。
チューニングも、腕も、全てにおいて負けた。
二度と負けまい。
俺はそれまでの倍仕事を増やし、倍の金をもらい、今までの倍のチューニングも施した。当然腕だって磨きなおした。
そして再び、ヤツと戦った。今回は間違いなく勝てる。そう確信していた。
得意のC1外回り汐留S字コーナー。一気に勝負に出た俺。

俺『一般車なし!コンディションも順調!一気に勝負に出れる!この勝負、もらったァ!!』

ベストなライン、速度。ヤツのGTRのランプがバックミラー越しに遠ざかるッ!
ここから一気に加速。ポルシェの真骨頂、立ち上がりの加速で一気に突き放す!・・・ハズがッ!
内側に並ばれ、いとも簡単に追い抜かれた!?

俺『何故だ!?ポルシェの加速が、ヤワな国産車ごときに負けたァ!?』

浜崎橋JCTを右へ。C1外回り――――

俺は愚かだった。一度抜かれた程度で焦っていた。ムリな速度でコーナーに侵入。当然曲がれるワケ無い。

ガッシャァァァァァン!!!

気付けば俺は、病院のベッドにいた。見舞いに来た大原の言葉が、俺をボディ補強の世界に誘った。

大原『車の気持ちを考えろ。』

敗因は、当事の俺のボディ補強に対する知識の無さだった。
必要最低限の補強していなかった車体は、走り続けていく中でヤレていき、エンジンの馬力を受け止める力を失っていた。
ヤレたボディは加速が鈍る。
そして、敗因以上に感じたことがあった。

大原『ポルシェのボディに助けられたな。』

ポルシェという車は元々剛性が良いらしい。元々の剛性+必要最低限の補強。
いくらヤレているとはいえど、ドライバーを守りきる力はあったようだ。
ポルシェに助けられて俺は生き残ったのだ。


初めて知った、ボディ補強による速さ――――

そして救われる命――――


大原『お前のポルシェは俺のガレージにある。退院したら一番に来い。』

数ヵ月後、無事退院し、大原の言う場所へ直行した。
ガレージの中には大原のGT―Rと、恐らく走り屋以外の活動で使っているのだろうが、4人乗りのベンツが1台。
その他、さまざまな整備道具。
一番奥に、カバーをかけられた車がある。中身を開けなくても分かる。俺のポルシェだ。
カバーを外した。割れたガラス、凹んだボディ、骨組みまで見えている部分もある。
事故った時のまんまだった。
体中に走る悲しみ、寒気、痛くも無いのに、何処かが痛んでいるような気がした。

大原『そいつはもうダメだ。いくら悔やんでも直らねぇよ。』
俺『・・・・・・ッ・・・・・・』
大原『ん?何て?』
俺『もう一度・・・・・・もう一度、この車で走りますッ!』
大原『直らねぇって。』
俺『直して見せますッ!』
大原『・・・・・・』

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午前3時 湾岸線空港北トンネル

石田は吉川のFCで走っていた。

春川『対鈴木正義用のFCを造るには、このFCはかなり参考になると思う。三日間で良い。乗ってみろ。』

自分のFCとのあまりの違いに驚きを隠せない。ボディ補強や軽量化でここまで変わるものなのか!?
湾岸線、横羽線、新環状線、C1、更に箱根の峠やいろは坂まで走ってみたが、全てのコースでしっくり来る。
どこまでも加速し、どこまでも旋回出来る。
これが同じFCかァ!?

三日後 春川ボディワークス

どうやら作業は全て終わったようだ。カバーを外し、新生・FC3Sが現る!

春川「吉田のものと同じ、オールカーボン化による軽量化、競技仕様のスペシャルパーツを装着。絶対に文句が出ないように仕上げた。」
石田「そこまでしなくても。」
春川「俺からのサービスだと思ってくれ。まずは、新生FCの挙動に慣れてもらう。新環状線を2周しよう。俺はポルシェで追走する。」
石田「了解です。」

午前1時 新環状線右回り 辰巳PAよりFC、ポルシェスタート――――

二人は同時にアクセルを全開まで踏み込んだ。80キロから一気に150キロオーバー、200キロ・・・

石田「なッ、何なんだ?この加速感ッ!速過ぎて恐怖心すら感じるほどだッ!」

石田のFCの挙動は少しばかり危うく見えたが、今までより乗れているのは確かだ。
ある事故により片目を失ってしまったため、遠近感がつかめなくなってしまい、一般車を避けることは最も苦手な分野だったが、
生まれ変わったFCでは見違えるようにきれいに避けている。
有明JCTより台場線へ
コーナーできれいなドリフトを決め、レインボーブリッジに差し掛かる。
今までではレインボーブリッジ直後のコーナーまで215キロがベストだった。それが今・・・

石田「レインボーブリッジ中間地点!215キロ・・・220・・・225・・・ッ!」

229キロを記録してコーナーへ突入。これほどの速度でも外側に流されること無くクリア。
浜崎橋JCTからC1内回り、銀座区間へ
まず汐留S字。やはりドリフトできれいに弧を描く。S字後半のコーナーを立ち上がり、一気に加速ッ!
タイヤは路面をがっちり掴み、ボディは馬力を逃がさない。

石田「ま・・・まるでワープのようだ・・・加速するとき、真っ直ぐに線を描くのではなく、点と点をワープするように一気に加速する。
まるで戦闘機のようだッ・・・!!」

トンネル内のS字、銀座出口付近のS字、二つの橋げた・・・今までの動きがゴミのように思えてくる。
2台の戦闘機は軽快な動きで次々とコーナーをクリアしていった。

春川「すげぇ・・・予想以上の腕だ。何度かFCに乗ったことがあるが、そのときは時代遅れのゴミ車のように思っていた。
馬力に負けてきしむ車体、高速域でタイヤが地面に付かなくなるような感覚、コーナーでも直線でも不安定・・・。
それが、アレは何だ?あの軽快感、ワープするような加速、馬力を一瞬も逃がさず、タイヤは路面を常に後ろに蹴り飛ばす。
手を入れた俺でもワケが分からねぇ!」

銀座区間を抜け、江戸橋JCTまでの長いストレートで更に一気に加速する。

石田「チューンドカーは地上の戦闘機って何処かで聞いた事があるが、まさしくその通りだ。
これほどまでにそのことを感じたことは無いッ!」


気持ちが高ぶる。抑えきれない。ペース配分度外視。

思わず笑みがこぼれるほどの軽快感――――


春川「ブレーキを踏めェ!!壁にぶつかるぞ!石田ァ!!」

石田「ハッ!!」

ガッシャァァン・・・

気持ちが高ぶりすぎて目の前のコーナーに気付かなかった。壁をぶち破らんばかりの勢いで突入。
石田のFCは思いっきりクラッシュしてしまった。何とか走り続け、一番近い箱崎出口で降り、息絶えたようにFCは止まった。

春川「石田ッ!大丈夫か!」
石田「ふぅ・・・。大丈夫、生きてますヨ。」
春川「無茶しやがって・・・馬鹿野郎が・・・」
石田「潰してしまいましたね、FC。でも、今とても清々しい。全力を出し切った勝負の後のような。
しばらくこのままにさせてください。もう少しこの気持ちに浸っていたいんです。」
春川「いや・・・ムリ・・・」

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