幻の最高速


ふぇにーちぇさん作

第3話 命を張った戦い 2

土曜日。午後7時。俺は学校の近くにこっそり止めてきたFCを動かした。下道を普通に走る分には問題ないようだ。だが、首都高で一暴れは出来そうに無い。明日は日曜なので、脇坂の教えてくれた板金屋に行くことにした。
1車線の小さな道をひっそりと走っていると、交差点から女が飛び出してきた。

大川「やっほー。」
俺「お前か。早く乗れ。見つかるぞ。」
大川「今日も首都高?」
俺「違う。今日は修理。」
大川「なーんだ。ま、いいや。連れてってよ。」
俺「別にいいけど・・・。」

脇坂の書いたメモを頼りに、脇坂お薦めの板金屋へ向かう。場所は江東区の砂町というところだ。割と近い。

俺「えーっと、ここかな。『ハルカワ ボディーワークス』。間違いなさそうだな。」

俺は、近くの従業員に声を掛けた。すぐに見てもらえるそうだ。しばらくして、再び従業員が来た。

従業員「だいぶ傷んでますね。修理に長くて一週間って所でしょう。」
俺「いえ、明日の夜までには直してください。それが出来る人がいるでしょう。」
従業員「あ、もしかして、脇坂って人の知り合いか何かですか?」
俺「そうですよ。」
従業員「分かりました。今すぐ呼んできます。」

しばらくして出てきたのは、この店のボス。春川 正。首都高7人衆の一人。搭乗車種はポルシェ911の964と呼ばれるタイプ。

春川「一体何した。こんなになって、車がかわいそうとか思わないのか。」
俺「先週、俺とバトルしていたMR−2が、こっちにバンパープッシュを仕掛けようとしました。おそらく事故覚悟の突込みだったんでしょうが、事故らんばかりの勢いで、壁にぶつかりそうになったので、間に入って助けました。」
春川「間違いないな。脇坂の言っていたFCだ。その噂は聞いていたんだが、あんたが本当にそのFC乗りかとちょっと試してみたんだ。済まなかったな。注文通り、明日の夜、多分12時ごろになると思うが、その頃に取りに来てくれ。」

俺はFCを預け、大川のFDの面倒を見ることにした。徒歩で家まで帰ったので、非常に疲れた・・・。

俺「先週はどんな感じだったの?」
大川「ちょっとスピード出してみたかな。面白かったよ。」
俺「じゃぁ、首都高のバトルでもやってみますか。」
大川「バトルって何?」
俺「ん?知らないのか。それもそうか。バトルっていうのは、車同士でレースすることだよ。早速来たぜ!ハイエースの宣戦布告だ!!」

後ろからハイエースがライトを点滅させてきた。このとき、相手とバトルがしたくなければ、ブレーキを踏んでその意思を示す。これが首都高のマナーだ。
大川初のバトル。赤坂ストレートから、C1内回り!
ハイエースの加速が速い。ノーマルのFDと、大川の腕では敵わないだろう。赤坂ストレート後の左のゆるいコーナー。相手よりも速いスピードでコーナーに突っ込む!だが・・・

ガッシャン!!

曲がりきれずに、FDは外側の壁に横から当たってしまった。タイヤがノーマルなので、路面への食いつきは最悪。結果、またもやさっきの板金屋に行くことになった。

春川「またあんたか。何だ、夜遅くに。」
俺「彼女がFDの右側ぶつけてしまって・・・。またお世話になります。」
大川「どーも〜。」

春川はFDの右側を見て、作業に取り掛かった。傷はひどくないらしい。

俺「彼女は、僕の学校の知り合いで、最近走り屋の世界に興味を持った、初心者なんです。」
春川「そうか。まぁ、初心者ならこれくらいは当たり前だろう。そうだ、直すついでに、ボディの剛性も上げとくか?」
大川「はしりや・・・?ごうせい・・・?」
俺「走り屋って言葉も知らないのか。そういえば説明してなかったな。」
大川「暴走族みたいな・・・違うよね。」
春川「そんな奴らと一緒にしないでくれ。暴走族はカッコつけただけのバイクや車に乗ってるだけの連中。走り屋は、市販されている車をレーシングカー並みに改造して、公道やサーキットを走る者達のこと。」
俺「剛性って言うのは、言うならば車体の硬さだな。溶接やら何やらして、車体を硬くする。」
春川「ただ硬いだけでもダメなんだ。馬力を受け止める強さと、馬力を路面に伝えるネジレって奴が必要なんだ。分かるか?」
大川「硬すぎても、やわらかすぎてもダメってこと?」
春川「そうだ。で、この車、あんたのFCと一緒に引き取りに来てくれるか。分けると面倒だしな。」
俺「分かりました。」

今日はもうすることがなさそうなので、俺達は家に変えることにした。突然後ろからクラクションが鳴った。MR−2だ。

山本「おまえぇぇぇ!!財布を返せーーー!!」
俺「やべぇ!!逃げるぞ!!」
山本「逃がさぁーーーん!!!」

ものの30秒とせずに捕まってしまった。

吉田 耕一   逮捕――――

山本「何だ!上のやつは!ここまでカッコつける必要ねぇだろ。で、財布!」
俺「ごめん、全部使っちゃった。」
山本「この野郎ぉぉぉーーーー!!」

都内某PA(パーキングエリア)

GT−Rだらけの駐車場に、中年のおっさん二人を真ん中に、若者が何人か集まっている。

大原「はい。これより、Wing DriveRsの作戦会議を始めたいと思います。司会進行はリーダーである俺、大原 清が務めまーす。
で、今週はどんなバトルがあったの?」
メンバー「やはり、首都高エボリューションとスバリスターズのバトル。勝敗はつかぬまま終わったそうです。」
大原「ここんとこ、毎週一回はやってるな。そのチーム。」
メンバー「今日は、Z Driversと神田橋シルバース。Z Driversが勝利を収めました。」
大原「おー。あいつまたチーム潰したのか。凝りねーなぁ。」
メンバー「最後に、先週気になるバトルがありました・・・」

大原「なに?それ?」
メンバー「黒いFCがNon Powersというチームを壊滅寸前まで追い込んだとのことです。」
大原「へ〜。それ、一人で?」
メンバー「一人のようです。信じがたいですよね。」

作戦会議が終わり、走りに行く前にトイレで用を足している大原。どうもいつもより深刻な顔をしている。

大原(黒いFC・・・。たった一人でチームに挑む。か。)

次の日

俺は朝一番に春川の店に行った。FDの方はもう直っているらしい。FCはボディは直っている。後は中身のダメージを受けた部分を交換するだけのようだ。

春川「あんたか。まだFCは直ってないぜ。FDの方、引き取りに来たのか?」
俺「今から追加で注文なんですけど、良いですか?」
春川「簡単なのなら構わない。何だ?」
俺「FD、俺のFCと同じくらいの剛性にしてください。それから、ロールケージを入れて、駆動系のパーツは出来る限り最高級のものにしてください。」
春川「駆動系は専門じゃねえから出来ないが、ロールケージと剛性は何とかなりそうだ。それで構わないか?」
俺「構いません。それでお願いします。」

その夜

俺と大川は直った車で首都高を走ろうとしていた。車に乗り込もうとしたとき、大川が車の内装が変わったのに気付いた。

大川「この変なパイプみたいなの何?」
俺「ああ、それ。ロールケージって言ってさ、ドライバーを衝撃から守るための物なんだ。」
大川「へー。」
俺「じゃぁ、俺は芝公園に行く。お前は、C1内回りを走りこめよ。」

そして、俺は芝公園に行った。あの広場では、待ってましたといわんばかりにあのチームのメンバーが顔を揃えていた。そして、一人の男が歩み寄ってきた。山本だ。

メンバー《ガーッ・・・田路さん。来ました。あいつです。》
田路《ザッ・・・分かった。作戦開始だ。》

山本「来たか。言わなくても分かるな。」
俺「財布ですか?」
山本「いや、まぁ、そっちもだけど、メインはバトルだろ。」
俺「分かりました。じゃぁ、今度は外回りでどうですか。」
山本「よし。そっちで行こう。」

今回はFCとMR−2だけでバトルするようだ。C1外回りは、内回りに慣れた者が、更なるレベルアップをするための上級者向けコースと言われている。
FC先行でスタート。最初は一ノ橋JCTの右の中速コーナー。少し速度を落としてクリア。麻布のトンネルをクリア。そして赤坂ストレート!!

俺「このストレートで離す!C1では500馬力の車が一番早いんだ!たぶん!!」

最後のは気にしないで行きましょう。赤坂ストレートクリア。差が一気に広がる。霞ヶ関トンネル手前の右コーナー。間に少しストレートを挟み、左コーナー。連続ドリフトで更に引き離す!

山本《ガーッ・・・ただいま霞のトンネル。国会前の左コーナー手前です。》

国会前のコーナーは下り勾配つきの左コーナーだ。スピードに乗りすぎると、ジャンプしてしまい、壁に激突してしまう。丁寧に減速してドリフトで華麗にクリア。

俺「かなり軽量化してるからな。あんだけ減速しても少し飛んでしまったな。」

山本《国会前コーナー通過!コーナーワークでも負けてんのか!?俺!田路さん!こいつ、この前よりも速くなってますよ!大丈夫ですか!》
田路《大丈夫だ。とにかく、宝町ストレートまで食いついていけ。その辺りで僕と合流するはずだ。》

千鳥ヶ淵の右上りコーナー。2台はドリフトでどうにかクリア。代官山、竹橋JCT、一ツ橋・・・。何が何でもくらいついていこうとするMR−2。そして勝負は江戸橋JCTまでもつれ込む!!

山本「このコーナーをクリアすれば、後は田路さんがどうにかしてくれる。」

江戸橋のコーナー。2台のテールランプが赤い子を描いていく。そして宝町ストレート!

田路「きた――――」

白と黒のツートンボディ。AE86。獲物を待っていたかのようにゆっくりと走っていた。

俺「ここで援軍か。良いぜ。来い!!」

先頭のハチロクはこちらの進路をふさぐように走っている。後ろのMR−2はゆっくりとチャンスをうかがい、抜きに出る作戦か。
一つ目の橋げたを通過。同時にS字コーナー。一見すると、ゆるいS字だが、直前の宝町ストレートでスピードがかなり乗っている。そのため、200キロ近いスピードから、一気に100キロほどまで減速する。
3台は同じようなラインでそのコーナーを通過。ゆるい右の直後にまた橋げた。

俺「ここのストレートで抜けるか!?頼むぜFCィ!!」

黒いFCは、この僅かなストレートで一気に先頭のハチロクと並んだ。その瞬間、銀座区間最後のS字が襲い掛かる!!

田路「このストレートでそれだけ(アクセルを)踏むかぁ!!?曲がり切れなくなっても知らないぞ!!」

FCはかなり速めにドリフトに入る。フロントがハチロクの目の前を通過!!外側のガードレールとの隙間は5センチと無い!まさに神業のようなコントロール!!
突然のFCの走りにビビって、田路は一瞬アクセルを抜いた。その一瞬で、距離は5メートルほど離されてしまった。

田路「あいつ、狂ってるぜ・・・」

俺「お前は俺が狂っているというだろう。読者の方も、そんな危ない行動はサーキットでやれよと言う人もいるだろう。だけど、俺にはそこしかない。サーキットみたいに芝生も無い、この場所しかないんだ。」


生きている以上、命張ってんねんから――――


トンネル内のかなり緩いS字、そして汐留S字までのストレート。一気に距離が離れていく。2台のライトは遠くにかすんでいく。バトルは終わりに近づく・・・。

いや、終わらなかった。もう一台、このFCと決着を付けていない者がいた。

平田「敵わないのは分かってんだ。でも、やり残したままは気色悪いだろ。」

俺はバトルを続けた。それでやつの気が済むならそれで良い。ここからのバトルはあのロードスターのドライバーのためのバトルだ。
浜崎橋JCT右下りコーナーッ!!
2台ほぼ同時にドリフト、だが、そのスピードが違う。内側に陣取ることに成功したFCは最小限の角度のドリフトで、鮮やかにパッシング(追い抜く)。

平田(やっぱ敵わねえ。コーナーたった一つでこれだ。抜かれるとかじゃなくて、何か別のもの・・・)

平田の後ろからもう一台来る!!ハチロクレビン!!その細いランプは、獣か、それとも・・・

田路「平田、お前の敵う相手じゃない。《山本、お前もだ。後は僕が、何とかしてみせる!!》」

ラストスパートッ!!芝公園の出口まで距離は無い。スクランブルブーストを掛けて追いつかんとするハチロク!!

田路(お前の走りで気付かされたよ。僕は、自分が戦士みたいに思っていた。命張って戦っていると、思っていた。
でも違った!僕は戦士なんかじゃない。いつも後一歩のところで引いてしまう。銀座区間のS字でやっと気付いた。あまりにも臆病すぎた・・・。)

右車線のトラックをパスし、次のコーナーに向けて右車線へ。そのとき、マフラーから左側から白煙を吐き出しながら、ハチロクが左側に並んだ!!
芝公園出口手前の左から始まる緩いS字コーナー。2台の鮮やかなパラレル(平行)ドリフト!!

田路「いっけぇぇぇぇ!!!!!」
俺「させっかァァァァ!!!!!」

その次の、左に芝公園出口のある右コーナー。フェイントモーションでクリアしていく2台!フルスロットルで加速する暇も無く、次の右コーナーが迫る!
十分速度を落としている2台。ハチロクはグリップでコーナーに進入!対するFCは後ろのタイヤを僅かに滑らせた!

ガッシャッ!

FCの左後ろがハチロクの右後ろにヒット!ハチロクはバランスを少し失った!外側の壁が迫る!!!アクセルを抜いて態勢を立て直す!!
その横で、FCは加速力を生かして一気に引き離す!

田路「引き離される・・・。追いつけないッ!!」


田路 悠木 AE86  失速――――


山本《リーダー!後は俺が・・・!》
田路《無駄だ。お前じゃ敵わない。》
山本《でも、このままでは・・・》
田路《これ以上続けても勝ち目は無い。僕達の負けだ。》

敵の力量を知り、勝ち目は無いと判断した田路。Non Powersの3人は下道に下り、元の広場へ戻った。

メンバー「田路さん!結果は!?」
田路「済まない。ダメだった・・・。」

その言葉で、広場は人の声はしなくなった。しばらくすると、ロータリーエンジンの音が聞こえた。吉田のFCだ。

田路「僕の負けだよ。君、速いんだな。」

田路は右手を差し出した。俺も右手を出し、握手をした。そのとき、田路が俺の左腕を見た。そして、目を丸くしながら話し出した。

田路「君、左腕は・・・!?」
俺「これですか。昔事故で、どっかにぶっ飛んでいってしまったんです。驚きましたか?」
田路「右腕だけだと、シフトが使えない。もしかして、オートマ?」
俺「そうですよ。ハンドルは、船の舵を切るように、穴の部分に手首を入れて回します。」

メンバー全員が、まるで恐ろしいものを見るような目になったのに気付いた。それは身体障害者をみて、自分と違うところをまじまじと見つめる、一般的な目ではない。
目の前にいるものは、ハンデを背負い、それをものともせずに事を成し遂げる者。そのことに気付き、恐れ、おののいているのだろう。

俺「じゃ、いつかまた会いましょう。」

吉田は最後にそれだけ言って、広場を出た。風に揺れる葉の音が、彼を賞賛する拍手のように聞こえた。

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