幻の最高速


ふぇにーちぇさん作

第4話 失う悲しみ 1

家のガレージ――

黒いFCと白いFDの間に俺は突っ立っていた。今回は、生活保護の金や、道端で拾った金を使ってFDをチューン(改造)した。エンジンの馬力を280馬力から400馬力に変えた。エンジンのパワーを上げると、駆動系(ブレーキなど)にかかる負担が多くなる。なので、駆動系をを最高級の品に変えた。
ただし、一つだけ何もいじっていない部分がある。大川に大切なことを知ってもらうために、そこには一切手をつけていない。

大川「よ。」
俺「よし。そんじゃぁ、お前のFDに乗せてもらおうかな。」
大川「デートって感じ?」
俺「はぁ?お前がどこまで上手くなったか見るんだよ。」

いつも通り、木場からC1方面へ。今日はあるチームに協力してもらって、こいつに大切なことを知ってもらう。
後方から、3台のハイエースが来た。ライトを点滅させ、バトルのサインを出す。

ハイエースの男「コイツだ。準備はいいな。皆。」
ハイエースの男《おーけー!》
ハイエースの男《了解》
ハイエースの男《こちら第二部隊。準備完了。》
ハイエースの男《こちら第三部隊。いつでもいけます。》
ハイエースの男「きちんと教育入れさせてもらうぜ。」
ハイエースの男「女って言ってたな。どんな走りをするんだ?」
ハイエースの男「相手はブレーキを掛けない。バトル開始だ!」

4台はいっせいに加速。俺はこの3台のスペックを知っている。400馬力のFDがストレートで負けるような相手ではない。まずは、どれだけ怖がらずにアクセルを踏めるかを試させてもらう。
俺はほんの数秒で異変に気付いた。加速競争で負ける相手ではない・・・ハズなのに、ほぼ同等の加速。何故だ?
俺は大川の足元を見た。アクセルを半分ほどしか踏んでいない。加速性能をワザと引き出さず、相手にこちらの力を誤認させるためだろうか。
いや、違う!大川は、部活の都合上走りに出れるのは土曜の夜だけ。週一回の走り込みで、合計5、6日ほどしか走っていないだろう。
ワザとアクセルを目いっぱい踏まないなんて芸当が出来るほど、経験を積んでいないのは明らかだ。じゃあ何故・・・?
大川はシートから体を前にずらした。まるでヤンキーみたいな座り方だ。加速力が一気に上がる。
まさか・・・!?
俺はもう一度大川の足を見た。やはりそうだ。


足が短すぎて、アクセルに足が届いていない――――ッ


これはもう馬力だとかではない。こいつの体の問題だ。

俺(あっちゃぁーッ、この状況は車を扱った作品の中でも初めてなんじゃないのか?あまりにも致命的過ぎる!)

江戸橋JCT C1方面左コーナー。
このコーナーは最初が上りで、後半が下りという特性を持つ。しかもかなりの急コーナー。
上りは、勾配によって車速が落ち、いくらか曲がりやすくなる。だが、下りは車速が上がり、上りに比べて曲がりにくくなる。
このコーナーの中間地点に入った途端に、急に操作性が変わる。どうクリアするのか。
相手より遅いタイミングでブレーキ!同時に一気にハンドルを切り、左へ旋回!タイヤが滑る!ドリフトだ!
下りに入り、十分に減速したFDはドリフトを止め、次の直線に向かって加速していく。
外側の壁すれすれでストレートへ入った。
宝町ストレート。
ここはしばらく下りが続く直線なので、ハイエース3台は、FDの加速に大きく遅れをとる。

ハイエースの男「速い。馬力競争じゃぁこっちが不利だ。」
ハイエースの男「だが、この先の銀座区間は唯一、馬力が殆ど関係なくなるエリア。」
ハイエースの男「つまりコーナー勝負がメイン。」
ハイエースの男「でも良く考えたら、俺らもコーナーでは不利じゃね。」
ハイエースの男「じゃぁ勝てねーじゃん!」
ハイエースの男「どーすんの?どーすんのヨ、俺!?」
ハイエースの男「ライフカードかよ!?そんなCMあったなぁ・・・。」
ハイエースの男「『続ける』『降りる』『どちらでもない』の3枚からどうぞ。」
ハイエースの男「『どちらでもない』で」
ハイエースの男「いや、じゃぁ何?」

こんなグダグダな会話をしているうちに、大川のFDは一気に銀座区間を通過。あっけね〜。

汐留S字
今度は別のハイエース3台と遭遇。予想通りバトルを挑んできた。
大川はブレーキを踏まず、そのままバトルを受けようとする。
4台同時に加速。一番前は大川のFDなので、この先の浜崎橋JCTで、横羽線を進むか、このままC1外回りでいくかを選ぶことが出来る。
大川が選んだのはC1外回り。右下りコーナーを通って、芝公園方面へ。

大川「そういえばさ、ここに付いているメーターは何?」

大川は新しく取り付けた油温計や、水温計を指した。

俺「ああ、それはあんまり気にしなくて良いよ。」

油温計、水温計といったメーター。簡単に言ってしまえばエンジンの負担を示しているといった方が良いか。
こいつらが赤い部分まで来てしまうと、オーバーヒートとなり、エンジンの出力が一気に低下。最悪の場合、マフラーから変な煙が出て、エンジンブローしてしまう。

俺(かなりメーターが上がってるな。ブローは近い・・・!)

芝公園の緩い2連続S字をクリア。一ツ橋JCTの右コーナーが迫る!
思ったよりも遅くブレーキを踏み、減速に入る。そして思いっきり右にハンドルを切り、コーナー出口でフルスロットルで加速。
3台のハイエースに立ち上がりで差をつける!

ハイエースの男「すげっ・・・!」
ハイエースの男「立ち上がりでアクセルを踏むタイミングが速い!」
ハイエースの男「クソッ!初心者なんじゃねぇのか!?」

トンネル内のS字を通過し、谷町JCT、そして赤坂ストレート!!

ハイエースの男「我慢ならねぇ。ここで一気にブチ抜く!!」

FDのすぐ後ろを走っていたハイエースが、スクランブルブーストを掛け、一気に加速。FDを抜いた!!

俺「焦る必要はない。次のコーナーで勝負は付く。」

俺の予想は的中した。このストレートの後は霞ヶ関トンネル入り口の右下りコーナー。一見あまりきつくなさそうだが、勾配がかなりあるため、減速は思ったよりも速めにしておく必要がある。
かなりのスピードでコーナーに突っ込んだハイエース。曲がりきれずに外側の壁に激突。フロントのタイヤを中心にスピン!!

俺「アクセルを抜くな!そのまま突っ切れ!!」

その言葉に、大川は思いっきりアクセルを踏み込んだ。タイミングよく、FDはハイエースを回避。後ろの2台はビビって減速。
傍から見ればリンチみたいなバトルに2連続で勝利!

再び法廷速度に戻ったFD。すると予定通り、ハイエース3台がバトルを仕掛けてきた。

大川「も〜っ、何なのあの変な車ぁ!!」

これで合計9台。これに勝てば、あとはリーダーただ一人となる。正直言うと、そうなって欲しくない。そろそろくるか・・・

俺(エンジンにかなりの負担がかかっている。ブローは近い・・・)


千鳥が淵コーナー バトルスタート―――ッ


FDの情けないエンジン音が、一気に甲高い音に変わる。後ろにつく3台は、チーム『ふざけてねーよ』の2,3,4番手だ。そりゃ速い。
代官山トンネル入口 比較的緩めの下り左コーナー。
大川はブレーキを踏まずにコーナーへ向かう。曲がりきれるか!?
コーナーでオーバースピードで進入した場合、入口は外側・コーナーの中盤で内側・出口で外側、という風に通った方が一番速いらしい。
この法則は俗に、「アウト・イン・アウト」と呼ばれている。
そのセオリー通りに、アウト・イン・アウトでクリア。そしてハイエース軍団もほぼ同じように通っていった。

俺「上手くなったな。」
大川「まぁね。」

竹橋JCTの手前の緩いコーナー。手前が上り坂なので、スピードが乗っているとどうしてもジャンプしてしまう。
ジャンプするポイントの手前で思いっきり旋回を始める。そして、ふわりと接地感が消える。

ガンッ・ギヤァァァァ・・・!!

見事に接地。見事などリフトを決め、ハイエース軍団に差をつける!
一ツ橋出口 S字コーナー、神田橋、呉服橋、江戸橋JCTコーナー・・・そして宝町ストレート――――ッ!!
思いっきりアクセルを踏み込み、この先のキツい銀座区間までFDに鞭を打つ!
だが・・・!?


ズウンッ!バラバラバラ・・・・

大川「えっ・・・、どーしたの・・・?」
俺「エンジンブロー。エンジンが壊れた。とりあえず、京橋の辺りで降りて、レッカー車呼ぼう。」

京橋で降りレッカー車を待つ間、大川は何度もエンジンを掛けようとした。だが、勿論エンジンは動かない。
まるで、死人に何度も声を掛けているようだ。

俺「死人は何も答えてくれない。お前も分かるだろ。」

そう言っても、エンジンを動かそうとする大川。目には涙のようなものが浮かんでいた。

大川「このエンジン、直せないの・・・?」
俺「直せる。が、直すつもりは無い。」
大川「何で・・・?」
俺「一度でもブローしたエンジンは、ブロー癖という変な癖がついてしまう。いくら直しても、ブロー癖ってやつは直らない。」
大川「でも・・・、」
俺「奇麗事や、センチな感情ではどうにも出来ないものがある。分からないか?」

その言葉を最後に、大川は黙ってしまった。もうエンジンを掛けることもしない。
改造車、チューニングカーの世界は、失って失って、何かに気付くものだと俺は思っている。
エンジンぶっ壊して、壁にぶつけて、ヘタすれば再起不能になったときに気付くのかもしれない。


機械は生きている

生きているから

死なせてはいけない――――


失ってから

やっと気付き

そして悲しむ――――

戻る