幻の最高速


ふぇにーちぇさん作

第6話 失う悲しみ 3

午前2時30分。煌びやかなビルが並んでいる中に、誰にも理解されることの無い光が二つ・・・。

大川「吉田君、この車・・・」
俺「動きが変わったな。」

タイヤが熱ダレを起こし、路面に食いつかなくなる。浜崎橋のコーナーをかなり低い速度で通過し、差は更に広がる。

中原「あのFD,ペースが落ちてるぜ。どーしたんだ?」

汐留S字コーナー。一番右の車線から、一気に左へ車体を回転させようとする・・・そして次は右にッ!
一瞬タイヤが空回りしたが、そのせいで速度が落ちたのでタイヤが路面を掴み、右へ旋回した。
またしても低速でのコーナリング。ハイエースは遙か彼方へ・・・。

中原「バックミラーに映らなくなっちまった。口ほどでもねえや・・・。」

一足先に銀座区間に入ったハイエース。続いてFD。
死ぬほどキツイS字コーナーをワンテンポ遅れてFDがクリア。

中原「ミラーにあいつのライトが見えた。差が縮まったかな。」

確かに差は縮まっている。大川の走り方が変わったからだ。アクセルを踏む時間が圧倒的に増えた。
とにかく加速、加速、加速・・・ッ!今の大川にはそれしか頭に無い。
よく言えば積極的だが、悪く言えば荒々しい。一言で言うならそういうドライビングだ。

中原「速いッ!やべぇヨ、ブチ切れやがった!」

一つ目の橋げたを、左はハイエース、右はFDでほぼ同時に通過。続く2つ目。大川のFDは外側に流れながらも橋げたの左側を通過。ハイエースは、FDとの接触を避けるために一瞬アクセルを抜いてしまった。
FDが前ッ!宝町ストレートで床が抜けるほどアクセルを踏み続ける大川、後方のハイエース、射程距離から外すまいと必死の追撃!

中原「くぅぉお!!やりやがったなァ!」

江戸橋JCT右コーナー。ギリギリまで加速を続け、コーナーを目いっぱい引きつけて、そこから思いっきりドリフト。
少しだけ壁にこすり付けてしまいながらも、初心者にしては見事なドリフトでコーナーをクリア!アクセルを踏み立ち上がる。
が、車体は前へ行こうとしない!ドリフトの状態から加速体制に移れないッ!横に滑るばかりッ!
隙を見てハイエースが追い抜く!大川はアクセルを一瞬抜いて姿勢を立て直し、タイヤを食いつかせ加速体制に入る。

中原「よっしゃァァ!」

俺「エンジンも熱ダレを起こしてきた。さっさとケリ付けないとマジでちぎられるぞ!」
大川「そんなこと言ったって・・・。」
俺「仕方ない。教えるか。この車に付けた、本当のリーサルウェポンッ!」

大川「えっ!?」
俺「ハンドルのここ。このスイッチを押すと、このFDは400馬力から600馬力のマシンになる。ただし、600馬力で居られる時間はごく僅か。良くて5秒ッ!チャンスは一回きりッ!」

五秒間だけ。圧倒的に不利な状況を打開できるのはその5秒間だけ!
エンジンは熱ダレを起こし、400馬力あったパワーは実質的には350馬力といったところ。
呉服橋、神田橋、一ツ橋、前方のハイエースは離れていくばかり。大川の心に絶望という濁流が襲い掛かり始める!
だが、その濁流は一瞬にして消え去った。千鳥が淵のタイトコーナーで、ハイエースとの距離をかなり縮められたからだ。

中原「重たい車重がきやがったか・・・こっちもタイヤがタレてきた。決着は近いなッ!」

トンネルに入り、ストレートで差が開く。だが、その先にある3連続左コーナーでやはり追いつく。
そして次はそこそこのストレートを挟んだ3連続右コーナー。

大川(確か、この先に赤坂ストレートって言う長い直線があったような・・・)

中原「この3つのコーナーを抜けて、赤坂ストレートッ!そこでケリをつけるぜ!」

右コーナー2つ目!大川はイン側から抜こうとする!速度が下がり過ぎないように、速めにアクセルを踏み込み、コーナーを立ち上がる!
最後の右コーナー。右というよりかは右から始まる緩いS字コーナーといった方が良いだろう。その先のストレートが赤坂ストレート――――ッ!
そこに至るまでの直線で、ハイエースが再び前に出る!S字に突入!
ハイエースはブレーキを一瞬踏んで車体を曲げる『チョンブレ』を使って、右をクリア!対するFDは!?

中原「ブレーキを踏まない!?140,50は出てるぜ!死にたくねぇなら減速しろよ!」

大川「ブレーキは踏まないッ!次の左をアクセル全開で抜けて、5秒間だけの600馬力にすべてを賭けるッ!」

左コーナーで並び、長さ500メートルの赤坂ストレートへ突入!
FDのマフラーから白煙が出て、加速力が大幅に増加する!
速度は200キロに差し掛かろうとする!
残り250メートル、FDが前に踊り出る!車体の鼻先だけ前に!
200メートル、FDはハイエースを追い抜く!
150メートル、白煙は途切れ、600馬力の加速が終わる!
100メートル、一般車を押しのけながら、最後の加速!
50メートル、谷町JCTコーナーが迫る!
25、FDは速度250キロを記録!壁が迫る、迫るゥ!!
10、迫り来る壁のプレッシャー、耐えられるか――――ッ!
0!!

中原(ちィッ・・・、)

先にプレッシャーに負けたのは中原の方だった。最後の最後で臆してしまった。


中原 一志  ハイエース 失速――――


大川「後ろの車がいなくなっちゃった。」
俺「減速したんだ。何らかの理由で勝ち目は無いと判断したんだろうな。」

中原「俺は最後の最後で臆しちまった。臆病すぎた俺に勝ち目なんてねぇヨな・・・。」

大川「今回は私の勝ちネ。」
俺「勝ち負けつけるならナ。だけど、こういうのって勝ち負けじゃないから。」
大川「どういうこと?」
俺「あのストレートで、お前は最後まで(アクセルを)踏み切れた。で、向こうは踏み切れなかった。ただそれだけ。」


この場所は勝敗をつけるための決闘場じゃない

お互いが無言で語らい合うための

勇気と勇気をぶつけ合うための

そういう場所なんだ――――

辰巳PA

一台のFDがパーキングエリアに入った。車を止めた後、特にすることも無いのでしばらく休憩することにした。

大川「ふぅーーっ。疲れたァ〜・・・」
俺「よくがんばったナ。まさかアレほどやるとは思っていなかったヨ。」
大川「あたしってサ、今どのくらい上手いの?」
俺「まだまだだヨ。中級者ってレベル。」
大川「ちぇ、どーせ吉田君には敵わないヨ。ま、これからもいろいろ教えてよネ。」
俺「・・・・・・」

俺は黙り込んでしまった。俺はコイツともう関わるつもりは無いからだ。俺がこれからやろうとしていることにコイツを巻き込むわけにはいかない。


ここから先は俺の問題

俺自身で解決しなければならない――――


大川「おーい、どーしたの?」
俺「あ、わりぃ。眠くなっちゃって。」
大川「あたしも眠い・・・。じゃ、このままここで寝ちゃお。」
俺「いや、家まで送ってくれヨ。そーゆー関係じゃないだろ。」
大川「はいはい。」

俺は自分のやろうとしていることを言おうかと戸惑ったが、結局言うことにした。

俺「一つ良いか。」
大川「何?」
俺「首都高では、今後一切お前とは関わらない。お前の隣に座らない。」
大川「えっ・・・」
俺「俺はこの先の夏休み中に、ケリをつけるべき相手がいる。俺一人の問題だから、あまり首を突っ込んで欲しくないんだ。それに、こんな戦いにお前を巻き込みたくない。分かるか。」
大川「じゃぁ、あたしはどうすれば良いの?誰に走りを教われば良いの?」
俺「脇坂とかからかな。とにかく、もう俺とお前は首都高では仲間じゃなくなったんだ・・・。」

その言葉を最後に、俺達の会話は途絶えた。朝日が昇るまで硬直した空気が続いていたが、やがて木場方面へと走り出した。
木場出口を降り、俺の家の前に着いた。無言の別れだった。
朝焼けに向って走るFDを俺は最後まで見送りながら、決意を固めた。


ここから先は一人で戦うことでしか分からない――――

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