我が家が一番


回転撃さん作

第6日 アルバイト初日

「そういうわけで、改めて言うが店長の長田剛(おさだ ごう)だ。これから店を開けるから晴喜と一緒に働いてくれ」
長田の一言によって面接の直後にいきなりアルバイトをすることになった一達。かなり急ではあるが、考えてみればこの店の雰囲気からして昼間はあまり客は来なさそうだ。
3人は従業服に着替えると、客がいない間に簡単な店内の掃除を始めた。ここで一はふと気になる事が浮かんできた。
「そういえばよ、ここ給料ってどれくらいなんだ?」
そんな質問に対して晴喜は微笑みながら意外な返事をした。
「さぁ?」
「さぁ!?何でお前が分かんねぇんだよ!?」
「だって給料はあの人の気分で決まるからねぇ」
「気分ッ!?」
「そう、だから店長の気分を害さないようにしっかり働かないとな」
「滅茶苦茶だな・・・」
「そこ、なんか言った?」
長田のその声には何故か殺気が込められているような気がしてならなかった。たまらず晴喜が言い訳をする。
「いやッ、店長の心の広さについて語り合ってましたッ・・・!;」
「そうか。ならいい」
「・・・危ねぇ〜;」
すると、不意に來斗が晴喜に呼び掛けてきた。
「お〜い、床にこんなもんがあったんだが、これって食えんのか?」
そう言って來斗が見せてきたのは見た事がない明らかに毒々しい色をしたキノコだった。
「何それキノコッ!?生えてたの?床に!?」
「つーか絶対食えないだろソレ!明らかに毒持ちの色してんじゃねーか!」
驚く2人に対して來斗はあくまで食べられるかどうかを確認しようとしていた。
「そうか?前に似たようなの食ったような気がすんだけどなぁ・・・」
「マジかお前そんな色したような奴よく食ったな!」
すると、長田がしかめ面をしながら3人に寄ってきた。
「おい!」
(まずいッ・・・!)
「そのキノコ育つの密かに楽しみにしてたんだぞ!何勝手に取ってんだよ!」
「そっちーーーーー!?っていうかこういうのは取ってくださいよ。不衛生な店だと思われるじゃないですか;」
晴喜の言葉に長田はハッとしたような表情を見せた。
「そうか、だから最近客来なかったのか」
「う〜ん、それは・・・どうでしょう;・・・とりあえず、このキノコはもう捨てよう」
そう言って晴喜は來斗の手からキノコを取ろうとした。するとその時、來斗の手から凄まじい衝撃が伝わってきた。静電気だ。
「んぎゃああああああああッ!!」
「あ、ダメだってあんま俺の手に触ったら」
「何だどうした!?」
突然の出来事に驚く長田に來斗が説明する。
「俺って異常に静電気溜めやすい体質なんすよ」
「わ・・・忘れてた・・・」
身体や口を震わせながらそう言う晴喜は床に倒れたまま立ちあがる事ができそうにない。見かねた長田は一と來斗に言った。
「しょうがないな。一旦晴喜を裏まで運ぶぞ」
「うっす」
そう言って2人が同時に晴喜の腕を掴んだ。
「ッいっっってぇぇぇえええええ!!」
すると今度は晴喜の身体を伝って一にも來斗の電流が流れ込んできた。たまらず一も手を振り回して必死に痛みをこらえる。晴喜に至っては2度目の電撃を喰らって気絶寸前だ。
そんな状況の中で、店の扉がベルを鳴らしながら勢いよく開いた。客が来店してきたのだ。
「・・・あ;」

現在午前10時前。こんな時間帯に此処に客が入ってくる事は珍しい。しかしその客が店に入って目にした光景はさらに奇妙なものだった。気絶した店員が床に倒れており、それを他の店員が引きずろうとしていたのだ。
長田も客が不審がっているのを感じ取ったらしく小声で一達に指令を出した。
「まずい、こいつは俺が運んどくからとりあえずお前らが接客しろ」
そう言って長田は素早く晴喜をカウンターの奥へと引きずっていった。仕方なく2人は客の接客を始める。
「いらっしゃいませー」
「あの・・・入って大丈夫だったんですかね?」
客の男性は少々困惑した表情をしながらそう言ってきた。これに対し來斗は何事もなかったかのようなすまし顔で答えた。
「大丈夫ですよ。どうぞこちらの席へ」
男をカウンター席に座らせると、昼のメニュー表を渡して2人は長田の元へと戻っていった。中の様子を見てみると、そこには全く生気のない晴喜がパイプ椅子にぐったりと座りこんでいた。
「あら〜、燃え尽きちゃってるな〜こりゃ」
「お前が燃やした張本人だろうが」
全く悪気なく棒読みで言い放った來斗に一が突っ込んだ。
「こいつはもう駄目だ。後は俺達でやっていくしかねぇな。ま、本来この時間帯はあんまり客も来ないしこれで充分なんだがな」
長田も淡々とそう言った。すると、店のお方からさっきの客の声が聞こえてきた。
「あの、すいませ〜ん」
「俺が行く。お前らは晴喜の面倒でも見てろ」
そう言い残して長田は部屋を出ていった。力強く扉が閉められると、一は軽くため息をついた。
「・・・面倒って言われてもな」
一がそう言うと2人は晴喜の顔を見た。さっきから微塵も表情が変化していない。もしかしたらこのまま死んでしまうのではないかと思ってしまう程切ない表情だ。するとここで來斗が動いた。
「おーい、起きろ」
彼はそう言って晴喜の頬を軽く叩いた。
「うああああああああッ!!?」
案の定、來斗の手からまたしても電流が流れだし、この叫び声を最後に晴喜は完全に気絶してしまった。
「あ、またやっちまった」
「バカだろお前!事態悪化してんじゃねぇか!」
一方、晴喜の叫び声は当然店内にも響いており、そこにいた客はますます不安になってしまった。
「あ、あの・・・あそこで一体何をしてるんですか?;」
「アッハハ、すいません。新人がドジっちまったみたいだ。ちょっと叱ってきますわ」
長田はそう言いながら奥の扉を思い切り開けた。
「お前らこっちに聞こえてんだよォオオ!いい加減にしろ!」
そう言いながら長田は2人を思い切り殴り飛ばしてしまった。そのうえ、吹き飛ばされた2人にぶつかって晴喜もパイプ椅子から転げ落ちてしまった。
「ぐはッ・・・!!」
部屋の奥の壁にぶつかる激しい音がしてきたが、長田はその音を閉じ込めるように部屋の扉を素早く閉めた。しかし、当然その音も全て客に聞こえている。
「・・・大丈夫ですかね店員さんは;」
「大丈夫ですって」
長田がそう言ってからしばらくすると、客の男が頼んだ料理が出来上がり、長田はそれをカウンターに置いた。
「ハイ、カツサンド」
「ど、どうも・・・」
男は奇妙な緊張感の中素早くカツサンドをたいらげそそくさと店を出ていった。

午前11時半。この時間帯になってくるとこの店にもそこそこの客が入ってくる。そろそろ1人くらいは手伝う店員が欲しい頃だ。そこで長田は頃合いを見計らって奥の部屋に入って晴喜達を呼びに行こうとした。
「お〜い、そろそろ出番・・・」
しかし、3人は不自然な体勢で床に倒れていて全く起きる気配がなかった。完全にやりすぎた。長田は今になってようやく深く反省した。
「こりゃ参ったなぁ・・・ま、しゃーないか」
長田はそう呟くと静かに扉を閉めた。結局この日は、長田は1人で昼の時間帯を切り盛りすることになった。

気がつくと、目の前には自分と同じく気絶して倒れている一と來斗がいた。起き上ろうとするが、体中に痛みが走る。しかたなく晴喜は横たわったまま自分の記憶をたどっていくことにした。
確か、自分が來斗から静電気を受けたのが事の発端だったはずだ。それから動けなくなった自分を運ぼうとした來斗から更なる追撃を喰らって・・・そこから記憶があやふやだ。
そういえば、あれからどれくらいの時間が経っているのだろう。ふとそんな疑問を持った晴喜は部屋にある古ぼけた時計に目をやった。時間は、午後3時。これを見た晴喜は驚きのあまり痛みを忘れて飛び上がった。
「さ、3時・・・!?まずいッ!こんなに寝てたのか!!(それにハジメ達まで気絶って・・・絶対何かあった!;)」
まだ若干手足が痺れるが、何とか立ちあがって部屋の扉を開けた。そこには1人カウンターでグラスを拭いている長田がいた。今は客は来ていないようだ。すると、長田が晴喜に気付いて声をかけた。
「お、やっと気がついたか晴喜」
「あ、あの・・・今日は大丈夫だったんですか?」
「ん、まぁな。つーか、この時間帯に3人もパートはいらねぇな。今度は昼と夜のシフト表作っとかねぇとな」
「・・・そうですか」
「にしても、なかなか面白い奴を見つけたもんだなお前」
「そうでしょ」
「今度からは気をつけとけよ?」
「はい・・・」
その時、晴喜の背後から扉の開く音がした。一と來斗も目を覚まして部屋を出てきたのだ。
「おお、お前らも起きたか。悪かったな殴ったりして」
(やっぱりアンタの仕業だったか・・・!)
晴喜が密かにそんな事を思っていると、今度は店の入り口の扉が開いた。客がやって来たのだ。
「あ、いらっしゃいませ」
こうして3人はアルバイトを再開し、外が暗くなるまで働いた。今日は久しぶりに客足が多い一日だった。

「・・・やっぱあのキノコが原因だったか」←長田
「えぇ〜・・・まさか;」←晴喜

続く

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