我が家が一番


回転撃さん作

第1日 家族記念日(前編)

山名晴喜(やまな はるき)は町中をどこへとなく歩いていた。特別何か目的があったわけではなかったが、理由があるとすればそういう気分になったからだ。それなりに人通りの多い通りで、多くの人が自分を追い越したり、抜かされたり、すれ違ったりしている。
すると、前から歩いてきた男が自分の肩がぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
「・・・オイ、てめぇどこ見て歩いてんだ」
「え・・・(このパターンって・・・)」
かなり柄の悪そうな男だった。晴喜は思わず1歩後ずさりしてたじたじしてしまう。すると、その男はいきなり晴喜の胸ぐらを掴んで言った。
「ちょっとこっち来い」
静かだが迫力のある声だった。力も相当に強く、晴喜は答える間もなくズルズルと引きずられていた。
(え・・・ええええええ!?)
晴喜が連れられた場所は案の定人通りの少ない裏路地だった。最早嫌な予感しかしない。そして、その男は掴んでいた腕の力をより一層強くして一気に彼に顔を近づけ例によって迫力ある声を発した。
「金を出せ」
「・・・え?」
「金を出せっつってんだよ。それともここでボコられてぇのか」
相変わらず揺るがぬ迫力を持ったその声に晴喜は困惑していたが、ついに意を決したのか急に真顔になってその男を見つめた。その顔つきに少年の力も一瞬緩んだ。
(こいつ・・・)
「あ、あの・・・これくらいで足りますかね?」
晴喜はそう言って財布から5千円札を取り出した。男は拍子抜けしたような気分になってしまったが、その5千円札を乱暴にぶんどった。
「・・・分かりゃいいんだよ(こいつ、歯向かってくるのかと思ったら・・・普通の奴でも千円かそこらなのに・・・)」
そう言うと、その男は足早に裏路地を出ていった。

少年から金を奪い取った青波一(あおなみ はじめ)は別の裏路地へと入っていった。彼の家はその先にあるのだ。すると、背後から少女の声がしてきた。
「お兄ちゃん」
そこにいたのは青波果菜(あおなみ かな)だった。彼女は一の歳が1つ離れた妹である。
「カナか。今日はな、なかなかの収入だったぞ」
「ちょっと・・・まさかまた誰かから盗ってきたの!?」
「仕方ねぇだろ・・・生きてく為には」
青波家は現在、経済的に大きな危機に瀕していた。10年前、父親が偶然宝くじで大金を当てたまでは良かった。しかし、親はその金を頭金に中古車店を開いたが繁盛せず、挙句再び運にすがろうとギャンブルを続けるが勝利の女神が2度微笑んでくれる事はなかった。
やがて借金は増え続け、度々借金の取り立て屋に追われる日々がここ何年も続いているのである。しかし、今日そんな生活が激変する事になろうとはこの時の2人はまだ思っていなかった。
そして、2人は古ぼけた自宅に辿り着いた。が、その扉に張られた紙を見て2人は驚愕した。
「な・・・何だよ、これ・・・?」
そこに書かれていたのは"差し押さえ"の文字だった。一は扉を乱暴に開けて中に入る。テーブル、タンスなど家の中にあった家具も全て"差し押さえ"と書かれた札が張り付けられていた。
「・・・どういう事だよこりゃ!」
こんなことは親からは何も聞かされていなかった。確かにいつこんな事態が起きてもおかしくはない状況ではあったが、それにしても急すぎる。
「あらぁ〜、ついにこうなっちまったかぁ〜・・・」
突如後ろから知らない男の声が聞こえてきた。借金の取り立て屋だ。
「あ、お前はここの家の子供か?どうやらお前の両親はもう逃げちまったみたいだぜ?」
「ハァ・・・!?何言ってんだよ・・・ワケわかんねぇよ!」
「だから、お前の親はこうなるのを分かって先に夜逃げしたって事さ。行方は俺達も探している所なんだが・・・」
聞いてない。そんな事は全く聞いていないし、そんな予兆も全くなかった。ただ、この時間帯にはいつも家のどこかにいるはずだった母親がここにいない事は確かな事実だった。
「どうして・・・」
状況をなかなか飲み込めずうつむき加減の果菜に追い打ちをかけるように男は口を開く。
「要するにだ。お前達もこの家みたいに売られちまったってわけだ」
「・・・どういう意味だよ?」
「お前達の身はウチの組織が預かることにしたのさ」
「・・・ハァ!?」
つまりは、親が溜め込んだ借金を働いて返せ、ということだろうか。いや、それだけで済めばまだいいのだが、何せ闇金融業者のやる事は予想がつかない。どちらにせよ、このまま彼の言う事に従うのはあまりに危険だ。
「そんなのお断りに決まってんだろ!それだったら宿なしの方がまだマシだ!」
一が強い口調でそう言うと、男の表情が急変した。冷静さを保っていながらも一以上に迫力のある表情だ。
「あ?何勘違いしてんだ。お前らがそうだろうと俺達はよくねぇんだよ。借金抱えてる分際でどっちか選べると思うな」
すると、男の背後から更に数人の男がやってきた。
「・・・何だよ、やんのかコノヤロー!!」
一は叫びながら男に思い切り殴りかかった。
「お兄ちゃんやめて・・・!」
果菜の言葉も耳に入らず、一は再び男を殴ろうとする。しかし、今度は男の右手でしっかりと拳を受け止められてしまった。
「ってぇな。最初に手を出したのはお前だからな・・・!」
男は一に殴り返し、さらに立て続けに腹に蹴りを入れてきた。
「ぐほっ・・・!!」
一は激痛で地面にうずくまってしまう。
「お兄ちゃん!」
果菜がそう叫んだ瞬間、後ろからかなり強い力で腕を掴まれる感覚がした。果菜はそのまま後ろへ引っ張られていく。
「・・・カナ!」
一は立ち上がり果菜を助けようとするが、先程の男から再び脇腹に拳が飛んできた。しかし、その痛みに何とか耐えると、男を思い切り殴り飛ばした。
「何ッ!?」
「この野郎、調子に乗るな!」
周りを囲んでいた男達が一を阻むが、一はその男達を次々と殴り飛ばしていく。この様子にさすがの取り立て屋達も焦り始めた。
「チッ、退くぞ。こいつだけでも連れてけ!」
「させっかあああ!!」
そう叫ぶ一だったが、背後から男が数人で彼に掴みかかった。その間にも果菜を連れた男達はどんどん遠ざかっていく。一が男達を振り払った頃には、彼らの姿はもうすっかり見えなくなってしまっていた。


「うへぇ〜、もうちょっとあるかと思ってたのに・・・帰り徒歩だよクソ〜・・・」
晴喜は思わぬ出費を強いられ、タクシーに乗って帰るはずが歩いて家を目指す羽目になっていた。何の目的もなく町中へ繰り出すのはもうやめようと誓った瞬間だった。前の方で何やら叫び声のような音が聞こえてきた。
よく見てみると、スーツを着た男達が少女を連れて走っていた。明らかに周囲の雰囲気とは違った様子だ。
「何だ?何かあったのか・・・?」
訝しがりながら後を追おうとすると、横の路地裏から勢いよく青年が飛び出してきた。不意にその青年の顔を見ると、それは数十分前に晴喜が見た顔だった。
「・・・あ」
その青年は晴喜から5千円を奪った男だったのだ。しかし、彼の恰好は出会った数十分前とは若干違っており、かなりボロボロで汚れている。さらにその青年は、晴喜がカツアゲされた時よりもさらに恐ろしい表情で遠くを見つめていた。
その方向が先程晴喜が見かけた男達の方であったため、晴喜にはあの男達とこの青年には何らかの関係があるように思えた。
「ちょいとそこの君」
晴喜は思い切ってその青年に声をかけてみた。青年がこちらに鋭い視線を向けると、相変わらず迫力満点の低い声を出してきた。
「あ?さっき俺に金をよこした奴が何だよ」
「い、いや〜、ちょっとさっき君がお探しの人を見かけたかな〜なんて・・・思いまして・・・;」
「てめぇ俺をおちょくってんのかよ!?」
「ちょっ、怒らないで;ちゃんとあてがあるから!マジですって!」
「うるせぇ!だいたいいきなり話しかけてきてあてがあるとか信じられるか!」
「いやホントッ・・・!あのヤクザ見た事があるんだ。確かこの街の外れに事務所を構えてる闇金融会社だろ?!あの女の子はきっとあそこに連れてかれたんだ」
「何・・・!?」
どうやら晴喜には本当に闇金融業者の事を知っているようだったが、何故そんな事を彼が知っているのだろうか。一はまだ晴喜に不信感を抱いていたが、そうも言っていられる状況ではない。一は思い切って晴喜に言った。
「お前、その場所教えろ」

事務所に向かう途中、晴喜は更にその組織について詳しく説明してくれた。
「あそこは闇金と暴力団を兼ねた集団なんだ。他にも色々と黒いうわさが絶えない。身寄りのない子供を拉致ってそいつの臓器を売りさばいたりもしてるらしい」
それを聞いた瞬間、サーっと背筋が凍っていく感覚がした。まさに今、家庭を失った果菜が彼らに連れていかれているではないか。
「・・・・・・アレ、ひょっとして今のビンゴ?」
一の表情に出てしまっていたのか、晴喜がそんな事を言ってきた。
「・・・うるせぇよ!黙って案内しろ!」
それから数分後、ついに晴喜達はその組織の事務所の前まで辿り着いた。
「さぁ、ここだ・・・で、どうすんの」
「お前には関係ねぇだろ」
静かにそう言って一は事務所の入口へ近づく。すると、晴喜がそれを引きとめた。
「待った!俺も行くよ」
「ハァ?お前が?」
「ああ、俺こう見えても運動神経には自信あるんだ」
そう言って晴喜は軽くファイティングポーズをとってみせた。それを見た一は呆れながら言い返した。
「あのな、これは別にスポーツとかじゃねぇんだぞ?」
「知ってる。喧嘩だろ?」
「まぁいい。勝手にしろ」
一はため息交じりにそう言いながら振り返って事務所の方へと歩き出した。

後編へ続く

登場人物紹介

山名家メンバー@
山名晴喜(やまな はるき)/16
町はずれの小山の家に住む陽気な少年。一達と出会い、自らの家に住み込むように提案する。基本的にお調子者だが、意外と器用な一面もある。

山名家メンバーA
青波一(あおなみ はじめ)/16
町でカツアゲを繰り返す不良少年。短気で無愛想だが、一方で常に家計を案じておりしっかり者でもある。メンバー中では随一のツッコミ役。若干シスコン気味。

山名家メンバーB
青波果菜(あおなみ かな)/15
一の妹であり、家事全般をこなすしっかり者。メンバーの中では一番の常識人であり、他人を気遣う優しい心の持ち主。

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