我が家が一番


回転撃さん作

第2日 家族記念日(後編)

一は事務所の扉の前に立つと、それを思い切り蹴り飛ばした。中には2階の部屋へ続く狭い階段があったが、その前に見張りの男が1人立っていた。
「何だお前ら!」
男は言いきった直後に問答無用で一に顔面パンチを食らった。倒れる男を踏みつけつつ通過して階段を上っていく。その先には思っていたよりやや広めの部屋が広がっていた。デスクにソファー、本棚と見た目は普通の事務所らしい物が置かれている。
一や晴喜が見た男達はその部屋にいたらしく、彼らは一を見るや否や驚きの反応を見せた。
「あ!お前は・・・!」
「カナはどこだ!!」
激しい剣幕で叫ぶ一にたじろぐ男たちだったが、1人の男が冷静に口を開いた。
「なに、わざわざ向こうから捕まりに来てくれたんだ。手間が省けたじゃねぇか」
「・・・アイツ、ここのボスっぽいな」
晴喜が小声で一に言ったが、どうやら向こうにも聞こえていたらしく、その男が答えた。
「その通り。俺はここの頭をやってる五十嵐だ。上司の名前はしっかり憶えといた方がいいぜ?」
「誰が上司だ!お前らの手下になんかならねぇよ!」
「お前が大人しくしてくれれば妹の居場所を教えてやってもいいんだが」
「ふざけんなァ!!」
一は五十嵐に殴りかかろうとするが、先程の男達がそれを阻んだ。すると、その1人が突如横から鋭いパンチを食らった。晴喜が殴ったのだ。
「こいつらは任せろ!」
「お前・・・!」
その後も晴喜は軽快な動きで男達を倒していく。
(アイツ本当に闘えたのかよ・・・!)
そう思いながらも一は五十嵐に向かってパンチを繰り出す。しかし五十嵐はそれを瞬時に避けてしまい、逆に一を殴り返そうとした。が、一もまたその攻撃をガードした。
すると、五十嵐は懐から拳銃を取り出して一につきつけた。
「あまり俺達をなめない方がいいぜ」
しかし、その直後に晴喜が五十嵐の手を思い切り蹴りあげ拳銃を弾き飛ばした。
「何ッ!?」
「今の言葉、そのまま返すぜ!」
一はそう言って五十嵐の顔面に拳を突き出し思い切り殴り飛ばした。すると晴喜が自信ありげな表情で一に話しかけてきた。
「分かったぞ。君の妹の居場所が・・・!」
「何!?」
「そこの本棚の裏に隠し部屋があるみたいだ。さっきから皆そこをチラチラ見てたからね」
(コイツ・・・!)
まさに図星だった。倒れ込んでいた五十嵐は床に落ちていた拳銃を手にする。同じ瞬間、一は晴喜の言った本棚に手をかけていた。本棚は思っていたよりも少ない力で横に動き出した。
本棚が完全にスライドしきると、目の前には壁と同じ色をした扉が現れた。
「・・・ほらね」
晴喜はどうだと言わんばかりの表情で言ったが、直後に表情を急変させて叫んだ。
「危ないッ!!」
その声とほぼ同時に背後から銃声が聞こえてきた。晴喜は一を押し倒す形で五十嵐が撃った銃弾をどうにか避けた。
「・・・ってえな!何で倒すんだよ!」
「しょーがないじゃんか。文句言うならあっちに言えよ」
「てめぇら、調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
五十嵐はかなり怒りの表情を浮かべていた。一に殴られたせいで鼻血が出ており、そのことが屈辱的である様子だった。五十嵐はもう一発銃弾を放つ。晴喜達はデスクの後ろに身を隠した。
「そこか!」
さっきまでの冷静さはどこへやら、五十嵐は怒りにまかせて拳銃を乱射し始めた。晴喜達はデスクやソファーの後ろへ次々と移動してそれを避けていった。
「よし、俺が隙を作るからここは任せて行ってくれ」
不意に晴喜がそんな事を言ってきた。その表情は妙にたくましいものであり、カツアゲされていた時とは全くの別人のようだった。
「・・・分かった」
すると晴喜は1人別のデスクの裏へ走り込んで五十嵐のいる所へ近づいた。そして、自分が着ていたシャツを脱いで五十嵐を目隠しするように投げつけた。
「何ッ!?」
「今だッ!」
晴喜の掛け声と同時に一は隠し部屋の扉を開ける。その先は地下へ降りる階段になっていた。一はそこを急いで降りていき、そこにあった扉を力強く開けた。すると、そこには床に力なく座り込む果菜の姿があった。
「・・・カナ!」
「お兄ちゃん・・・!」
「大丈夫か・・・?今すぐここから出るぞ・・・!」
「うん」
一は果菜の手を取り彼女を立たせると、来た道を戻ろうと歩き出した。するとその時、扉の奥から荒々しい声が聞こえてきた。
「させるかよォ!!」
目の前に現れたのは五十嵐だった。傷が少し増えているようだったが、彼はどうやら晴喜を振り切ってきたらしい。
「チッ、あいつ・・・」
五十嵐は2人に拳銃を向けて叫んだ。
「終わったなァ!もう脅しはしねぇ。お前らにはここで死んでもらう!!」
そして五十嵐は拳銃の引き金を勢いよく引いた。2人は目をつむる。銃声が鳴った。しかし、その音は明らかに通常とは異なる音だった。そこから出てきたのはおもちゃの弾丸だったのだ。
「残念。それは俺のモデルガンだよ」
背後からの声に五十嵐は振り返る。そこにいたのは晴喜だ。彼は五十嵐と取っ組みあっている間にポケットにしまっていたモデルガンと本物の拳銃を取り替えていたのだった。
(つーか、何でそんなもんを今持ってるんだよ・・・)
一は敢えて心の中だけで突っ込むことにした。
「形勢逆転だね」
晴喜は静かにそう言って拳銃を五十嵐に向けた。
「くっ、これくらいで俺がやられるとでも・・・」
「嘘だよ。もう人殺しなんてごめんだからね」
(?!今何て・・・)
「さ、こんなとこもう出よう。後のことは警察の人に任せてさ」
そう言って晴喜は振り返り部屋を出ていこうとした。一達もそれについていく。
「・・・待てやコラァァアアアア!!」
五十嵐は叫びながらこちらへ向かって走ってくるが、晴喜達と入れ替わるように警官達がドタドタと階段を下りてきた。
「!!?」
「だから言ったじゃん。警察に任せるって」
晴喜は後ろを向いて微笑みながらそう言った。

3人は警察から事情聴取を受けた後、その場ですぐに解放してもらった。気がつけば、外ではもう太陽が沈みかけていた。
「あの、ありがとうございました。私やお兄ちゃんを助けてくれて」
果菜がそう言うと、一は何か腑に落ちない表情で晴喜から目をそらした。それに対して晴喜は笑顔で答える。
「いいってこと。それよりアンタ達はこれからどうすんの?家がなくなっちゃったんでしょ?」
事情聴取で2人の事情を知った晴喜はその事が気になって仕方なかった。
「フン、そんな事はお前に関係ねぇだろ。色々と首突っ込みすぎだぞお前」
「・・・あ、そうだ」
晴喜は名案を思い付いたと言いたげな表情をしていたが、一にはそれがとてもいい案を出すような顔には見えなかった。
「家に来たらいいじゃん!ちゃんとした暮らしのめどがたつまでさぁ」
思った通り、しょうもない案だった。
「何だよそれ!?」
「いいじゃんいいじゃん!奮発しておもてなしするから!」
「そこまで言われたら逆に怪しいんだよ!お前なんか企んでるんじゃねぇのか!?」
「そんなことないって!タクシー代さえおごってくれれば何でもしますって!」
(・・・そういや俺こいつにカツアゲしたんだっけ)
「まぁまぁ、あそこまで言ってもらえたんだから意地張らなくてもいいじゃない」
果菜がなだめるようにそう言うと、それに便乗して晴喜も力強く頷いた。考えてみると、確かに自分達がこれからどうやって暮らしていくのか全く見当がついていないのは事実だった。
「・・・チッ、仕方ねぇな・・・」
「よし決まりッ!・・・そういえば自己紹介がまだだったな。俺は山名晴喜って言うんだ。これからはよろしく!」
晴喜が元気よくそう言うと、2人は一瞬顔を見合わせてから果菜が先に口を開いた。
「私は青波果菜。こちらこそお世話になります」
「・・・俺は一だ。カナに何か変なことしたら許さねぇからな」
「ああ、約束するよ。さぁ、もう暗くなるし早速帰ろうか」
帰ろう。ついさっき家を失くした2人には、確かにその言葉が胸にすうっと染み込んでくるように感じられた。晴喜も何故か嬉しそうな表情をしていた。やがて3人は晴喜の家を目指して歩き出す。
その時、晴喜は不意に小さな声でつぶやいた。聞こえるか聞こえないかの境目を彷徨うような音量で気のせいかと思う程だったが、確かにその言葉は2人の耳にも入ってきた。
「俺達は、今日から家族だ」

続く

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