我が家が一番


回転撃さん作

第3日 始まりの日

辺りはもうすっかり暗くなっていた。街の外れから車で少し山の坂道を登ると、その途中に木造の一軒家が建っていた。山名晴喜の家である。
「さぁ、ここが俺の家だ」
「へぇ〜、広いお家ですね」
果菜の言った通り、確かに晴喜の家はこの辺りでは広い方だった。家は1階建てだがそれなりに大きく、その半分くらいの敷地は庭になっていた。庭には芝生が生えているが、あまり手入れがされていないのか若干伸びきっていた。
晴喜達はそんな芝生を踏んでいきながら玄関へ向かって行った。晴喜は扉の前に立つとすぐにドアノブに手をかけた。
「さ、入って入って〜」
晴喜に促されて一達も家の中へ入っていく。中は電気がついておらず、中の様子はほとんど分からなかったが、晴喜が電気をつけると一気にその全貌が見えてきた。玄関の先には家の中心を真っすぐに貫く廊下があり、その右側には和室のリビングがあった。
その部屋の中心には背の低いテーブルが置かれており、そこから程良い距離にテレビとそれを置く台があった。
「どうよ?なかなか落ち着く部屋だろ?」
「んなことより本当に何も企んでねぇんだろうな?」
「そんなことって・・・本当に何も考えてないよ。ただハジメ達を助けたい一心でだな・・・」
「つーかいきなり呼び捨てかよッ!」
「いいじゃん。俺達これから同じ屋根の下で暮らしていくんだからさ」
晴喜はそう言って満面の笑みを浮かべた。その笑顔からは確かに何かを企むような怪しいものは感じられなかった。
「さて、とりあえずは家の間取りを紹介しなくっちゃな。この奥にあるドアを開ければキッチンがある部屋だ」
そう言って晴喜はリビング奥のドアを開いた。ここからは流し台が見え、キッチンに入ると食器棚や冷蔵庫もある事が分かった。キッチンにしてはなかなか広い場所だと思われる。
こちらはそれなりに整頓されているようだ。
「そうだ。もう時間も時間だし何か作ろうか?腹減っただろ?」
「いや、別に・・・」
一の反応もかまわずに晴喜は部屋の広さの割にはやや小さい冷蔵庫を開けるが、その中を見て晴喜は驚きの表情を見せた。中はほとんど何も入っておらず少しの野菜などが入ってるくらいだった。
「・・・食材ほとんどねぇ〜〜〜〜〜!!」
ここにきて初めて晴喜は昨日の時点で食料をほとんど消費していた事を思い出した。そういえば、散歩ついでに町で食料を買いに行こうとしていた事もすっかり忘れていた。晴喜は深刻な表情で一達に話した。
「・・・緊急事態発生だ。これじゃ3人分どころか1人分も作れそうにない。皆、どうか知恵を捻りだしてくれ!」
「いや捻りだしてくれじゃねぇよ!お前ここ来る前おもてなしするとかなんとか言ってたじゃねぇか!?」
「いやぁ〜、なんか・・・ありませんでした;」
「ありませんでしたじゃねぇぇぇ!」

とりあえず3人は残っているわずかな材料をキッチンの台の上に並べてみることにした。中にあったのは半分に切られた人参や既に千切りにされたキャベツ、ネギに春菊といった野菜だけだった。
「この野菜と調味料だけで何とかやり過ごさなきゃならないわけか・・・」
一の一言に晴喜はハッとしたような顔をして言った。
「そうか・・・!冷蔵庫の中にある物だけが材料じゃない!調味料を置いてある所に何かもう一品あるかもしれないぞ!」
晴喜は調味料をしまってあるキッチンの引き出しを勢いよく開けた。しかし、中を見て晴喜はまたも驚愕した。その表情を見て2人も不安になる。
「・・・どうした?」
「・・・小麦粉も切らしてました〜・・・;」
「もう一品どころか調理する物もねぇのかよッ!?」
念のため他の引き出しも探してみたが、特に調理できそうな食材は見つからなかった。いよいよ晴喜も困り果てた表情になった。
「う〜ん・・・正直野菜はてんぷらにしようかとも思ってたんだけど小麦粉がないとなるとそれも無理だな・・・」
「本当にどうしましょうね・・・;」
「つーかこの辺になんか売ってる店とかねぇのかよ?」
一が冷静にそう言うが、晴喜が相変わらず無駄に深刻な表情で反論する。
「いやダメだ。町に降りなきゃこの辺には店はない」
「じゃ町に降りて買ってこいよ」
「何ッ、お前よく考えてみろ。この暗い中山道を歩いて行ったら、怖いだろ」
「いや何言ってんだお前!?」
「お前この道の夜の怖さを知らないな?電灯の1つもなくてすっげぇ怖いんだぞあそこ」
晴喜の予想以上にくだらない言い分に一はだんだんと苛立ちを覚え始めていた。一は拳を作ってパキポキと音を鳴らしながらどすの利いた声で晴喜に迫った。
「そうか分かった・・・それなら俺の拳と山の夜道どっちの方が怖いんだ?」
「行って参りますッ!;」
あまりの一の気迫に晴喜は即答しながら背筋を伸ばして敬礼のポーズをとった。
「ふざけてんのか!早く行けッ!」
「はい〜ッ・・・;」
晴喜は逃げ出すように素早い動きで家を出ていった。
「ちょっと、かわいそうでしょ!私も一緒に行くわ」
様子を見ていた果菜がそう言って晴喜の後を追い、家の玄関に歩いていった。まさかの行動に一は動揺を見せる。
「おい・・・待てカナ!」
結局、一も果菜の後を追って家を出ていった。

「うぅ、真っ暗だ・・・」
晴喜は暗い夜道を懐中電灯のわずかな光で照らしながら坂道を下りていた。すると、後ろから果菜の声が聞こえてきた。
「晴喜さーん!」
「・・・カナちゃん?!」
晴喜は振り返って懐中電灯を向けると、その先にはやはり果菜が立っていた。必死に走って来たらしく少し息が上がっている。
「・・・私もついていきますよ。2人で行った方が怖くないでしょ?」
「カナちゃん・・・ありがとう!」
「待てーーーーーッ!!」
「!!?」
同じ方向から今度は一の叫び声が聞こえてきた。あっという間にここまで走ってきたかと思うと、晴喜を睨みつけた。
「お兄ちゃん・・・結局来たの?」
「うるせぇ!カナとこいつだけで行かせられるわけねぇだろ!」
こちらも必死な一の様子に晴喜は思わず笑い出してしまった。
「ハッハハハハ!・・・じゃあ3人で行こうか」
そう言うと晴喜は笑顔で再び歩き出した。不思議とさっきよりも周りが明るく見えるような気がする。

結局、町で買い物をして家まで戻ってくるのに1時間以上もかかってしまった。家に入ると晴喜達はようやく遅めの夕食をとった。晴喜の作った料理は意外に美味く、3人はすぐにそれをたいらげてしまった。
「ふぃ〜、食った食った」
「ごちそうさま。晴喜さんって料理上手なんですね」
果菜が心底尊敬しているような眼差しで晴喜に言った。
「まぁね」
晴喜も満更でもない反応をした。すると、晴喜は何かを思い出したような顔をして口を開いた。
「あ、そうだ・・・町に行ったついでにこんなのを買ってきたんだ」
そう言って買い物袋の中から何かを取り出した。見たところ片手でつかめる程度の木材のようだ。
「何だよそれ」
「表札だよ表札」
晴喜が買ってきたのは木材に自分で名字を書き込むタイプの表札だった。
「何でそんなもんを・・・」
「いやぁ、今日からハジメ達もここに住むわけだから表札が要るかなと思って・・・ちなみに墨汁もちゃんと買ってきたぞ」
晴喜は言いながら買い物袋から更に墨汁も取り出してきた。
「なんかやけに手の込んだことするな・・・」
「へヘッ、俺が書いていいかな?『あおなみ』ってどういう字?」
「もうお前のそのテンションが気持ち悪ぃんだけど;」
一の言葉をよそに晴喜は果菜から青波の文字を教えてもらうと、さらさらとその字を筆で表札に書き込んでいった。その字はなかなかに達筆だったが、何故か波という字を間違えてしまった。
「あ、やべ・・・ミスった;」
「そんな字間違えるか普通!?」
「ええい、まだやり直せるッ!」
晴喜は必死にその字をどうにか修正しようと奮闘するが、その度に形がごちゃごちゃしていき最終的に適当にごまかした形になってしまった。
「ふぅ、まぁこんなもんか・・・」
「いやふざけんな!やるならちゃんとやれよ!」
「そんなこと言ったって表札はこれ1つしか買ってきてな・・・あ、そうだ!いい事思いついた!」
「何だよ・・・」
正直に言って一は晴喜の思いつきにはあまり期待が持てなかった。すると、晴喜は突然表札全体を墨で黒く塗りつぶし始めた。
「何してんだお前!?」
「ほら、表札って黒い奴もあるだろ?アレみたいにすればいいんだ。これを黒くして白い文字を書けばやり直せる!」
「ハァ?!アレは石で出来た奴だろ。つーか白い文字ってどうやって書くんだよ!?」
「う〜ん・・・確か俺の部屋に絵具があったはず」
「マジかお前・・・」
こうして、晴喜の失敗と発想によって一風変わった表札が完成した。
「お〜、終わってみればなかなかの出来じゃん」
「そうか・・・?」
「早速掛けてみようか」
そう言うと晴喜は表札をもって玄関の外に出た。2人も一応彼の後についていってみる。晴喜は玄関の扉の横にかかっている『山名』の表札の隣に『青波』の表札を付けた。こうして見てみると、確かに表札としての違和感はあまりなかった。
俺達は、今日から家族だ。数時間前の晴喜の言葉が2人の頭の中で再生された。この表札を見ていると、そのことが実感できるような気がしてきた。3人は表札を掛けた後もしばらくそれを見つめていた。

続く

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