我が家が一番


回転撃さん作

第5日 面接の日

「じゃ、いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
晴喜達が返事をすると果菜は扉を開けて玄関を出ていった。果菜は4人の中で唯一学校に通っているのだ。晴喜の家に来てから通学路が変わってしまったが、幸い歩いていける距離だったので登校に支障はないようだった。
「さて、じゃ俺も行こうかな。ハジメ達も来る?」
不意に晴喜がそんな事を言い出した。
「どこにだよ?」
「アルバイト。人数も増えた事だし生活費稼がなきゃだろ」
成程、晴喜は今までそうして1人で暮らしてきたのかもしれない。晴喜の家に居候してから数日間が建つが、彼の親が帰ってくる気配は全くなかった。
数人分の布団が家にあることから元々はこの家にいたようだが、彼の両親は今一体何をしているのだろうか。一はそんな事をぼんやりと考えたが、すぐに別の問題が浮かんできた。
「今時俺らみたいな奴を雇ってくれるとこなんかあんのか?」
数年間不景気が続いているこの時代に高校も卒業していない一達が仕事を得るのは、それがアルバイトでもなかなか厳しいものがあった。しかし、晴喜は笑顔でそれに答えた。
「大丈夫だって。気前のいい人だから」
こうして一達は晴喜に言われるがまま、そのバイト先へ向かうことにした。

晴喜達がやって来たのは、古めかしい小さな小屋のような建物だった。看板には筆で『日蔭(ひかげ)』と書かれてある。一見何の店かは分からないが、景気がよろしい店でない事だけは伝わってくる。
「・・・ホントに大丈夫なのかよ此処」
「大丈夫、ホラ、入った入った」
晴喜がそう言いながら店のドアを開けた。中に入ってみると、そこにはいくつかのテーブルとカウンター席があった。飾り気のない木造の床や壁が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「・・・喫茶店?」
「まぁほとんど酒屋みたいなもんだけど。昼間もやってるからそれでも間違いじゃないかな」
確かにカウンターの奥をよく見てみると、そこには様々な酒瓶が所狭しと置かれていた。すると、そのさらに奥の大きな扉が悲鳴のような音をたてながらゆっくりと開いた。
「何だ客か?・・・まだ店は開けてねぇぞ」
「・・・!!」
そこから出てきた人物を見て一は驚愕の表情を見せた。扉の奥からは非常に大きな男が現れたのだ。身長は優に2mは越しているであろう。体格も喫茶店の店主にしては異常によく、かなりたくましい顔つきをしていた。
どう見ても過去に何も無かった人物だとは思えない。
(でけぇッ・・・!!こいつホントに人間なのか・・・!?)
「・・・言っとくけどこの人はちゃんと人間だから。店長の長田さん」
見透かしたように晴喜がそう言ってきた。長田は晴喜達の目の前に立ち、見下ろしながら口を開いた。
「・・・晴喜か。で、そいつらは何だ?」
「いやぁ、この人達もアルバイトさせてもらえないかなぁ〜と」
すると、長田は改めて一と來斗を眺めてから答えた。
「・・・成程、そんじゃ開店まで時間あるし早速面接と行くか。来い」
長田はそう言うと、再びカウンター奥の扉の向こうへと戻っていった。すると、晴喜が笑いながら一に言ってきた。
「な、言ったろ?」

晴喜、一、來斗の3人は並べんたパイプ椅子に座らされ、目の前には長田がだらしなく椅子に腰かけていた。
「は〜い、んではこれより面接を始める」
(・・・え?面接ってこんな感じ!?なんかすっげぇ空気ユルいんだけど・・・!)
「あの〜・・・店長、何で僕までここに座っているのでしょうか・・・?;」
確かに、既にアルバイトをしている晴喜も彼らと並んでいるのは不自然な感じがしていた。
「お前、合格してるからって気ィ抜くなよ?なんか気に入らないことしたら落とすからな」
「マジッすかァアア!?」
「ま、それはさておきまずは端から自己紹介しろ。ハイ、お前から」
そう言って來斗の方をあごで指した。それに対し、來斗は姿勢をよくして笑顔で答えた。
「好きな物はいかさきっすかね」
(いきなり好物言いだしたーーー!!)
「成程、つまみが好きでウチに来たのか」
(どこに納得してんだよ!?つーか名前を訊けぇええ!)
「・・・って、それ以前に名前を言えええええ!!」
長田はそう叫びながら來斗を凄まじいスピードで殴り飛ばしてしまった。來斗は勢いがとどまることなく部屋の壁まで吹き飛ばされ、ドン、という大きな音を出しながら壁に叩きつけられた。
晴喜達はすぐ横で起きた事件の経緯を理解できず、ただあんぐりと口を開けて床に倒れ込んだ來斗を見つめるだけだった。
(の・・・ノリツッコミだとぉぉぉおおお!?って、んなことよりこいつヤバいぞ・・・!!)
一はすぐに首を横に振って晴喜に囁いた。
「おいぃ!何だ今のは!?今アイツ思いっきり來斗殴ったぞ!気前のいい奴なんじゃなかったのかよ?!」
「あるぇ〜、これは・・・もしかして店長今日は機嫌が悪いのかも〜;」
「機嫌って・・・つーかあの馬鹿力やっぱり絶対人間じゃ・・・」
「ん?今馬鹿力って言った?」
(やべぇ聞こえてたーーー!)
一の失言を晴喜が何とかフォローしようと長田の方を向いて言った。
「やだな〜言ってないですよそんなこと〜;それよりほらッ、面接の続きやりましょう!」
「・・・それもそうだな」
長田はそう言いながら元の椅子に腰かけた。とりあえず何とかこの場を乗り切った晴喜達は、先ほどよりもさらに姿勢を正して面接を再開した。その際、晴喜は一に小声で忠告をした。
「いいか。こうなった以上絶対に店長の機嫌を損ねちゃダメだ。ちょっとしたことで鉄拳が飛んでくるぞ」

「じゃあ次、真ん中の奴、名前とウチを志望した理由を言え」
別の意味で極度の緊張感に包まれた部屋の中に長田が声が響き渡った。今度は一が自己紹介を始める。
「青波一。理由は生活費のために・・・」
一は当たり障りのない言葉を選んで長田の質問に答えていく。そして、ついに何事もなく一に対する質問が終わった。
「ハイ、じゃあ最後に晴喜に訊く」
「え・・・俺にも訊くんですか?というか何を訊く事が・・・」
「いいから答えろ」
「ハイ・・・;」
「結局さっき殴った奴の名前を聞きそびれちまった。アイツの名前は?」
「(え〜〜〜〜〜;)え、えっと・・・あの人の名前は桂木來斗と言います」
「そうか。じゃあ今度はお前に訊こう。最近この店は客の出入りが極端に悪い。何が原因だと思う?」
(バイトの面接で何を訊いてんだよ。完全にお悩み相談じゃねぇか!)
「まぁ最近は不景気ですもんねぇ〜・・・それがすべてだと思います!長田さんは何も悪くないですよ!;」
「しかしな、そうだとしてもだ。それでも生きてく為には稼がなきゃならねぇんだよ。なのに売り上げは落ちていく一方・・・どうするよ?」
徐々に切実になっていく彼の発言に晴喜も困惑の表情を隠しきれなかった。そもそも学校を卒業して1年もたっていない晴喜にはにわかに答え難い質問だ。しばらくは晴喜も口ごもったまま何も答えられずにいた。
しかし早く何か答えを出さなければ、いつ長田の鉄拳が飛んでくるか分からない。晴喜は長田の気迫に圧迫されながらも必死に答えを考えた。
「・・・じゃあ、何かイベント的なものを開いてお客さんを集めるなんてのは・・・」
「・・・成程」
長田はそう言いながらゆっくりと椅子から立ちあがった。
「却下」
言いながら長田は晴喜を目にもとまらぬ速さで殴り飛ばしてしまった。
(ええええええええええ!!?)
(晴喜ィィィイイイ!!)
晴喜は來斗と同じように部屋の壁に叩きつけられ、そのまま力なく床に倒れ込んでしまった。しかし、辛うじて意識は残っているようで、晴喜は小さなかすれ声で一を呼んだ。一は仕方なく晴喜が倒れている所まで近づく。
「・・・わ、悪い。しくじっちまった・・・こいつは・・・お前に託す・・・後は、頼んだ・・・ぞ・・・ガクッ」
晴喜はそう言って一にある物を持った手を伸ばしたまま顔を床に伏した。
「・・・何戦争映画みたいなことやってんだお前?」
「乗ってくれないのかよそこは・・・?!」
一に冷ややかな目で見られたので、たまらず晴喜もすぐに観念して顔を上げた。
「うるせぇガキか!で、どうすんだよこれを?」
「こんな事もあろうかと持ってきといた最終兵器さ。土産を持ってきたと言ってこれを店長に渡してくれ・・・ガクッ」
「もういいわそれは!」
しかし今度は一がそう言っても全く反応せずに本格的に狸寝入りを決め込んできた。
「・・・ったくしゃーねーな・・・」
一はそう言って晴喜の手の上にあるものを奪うように手にとって長田の方へ歩いていった。見ると、長田の機嫌は相変わらず悪いようだった。
「・・・何だよ?」
「あの、実はアンタに土産を持ってきてて、それを渡したいんだ・・・」
「それは・・・!」
一が持っていたのは、少し小さめの酒瓶だった。ラベルには"怒髪天衝"と書かれている。一は黙ってそれを長田に渡す。
「こんなものを持ってくるとは、お前らなかなか物好きだな。いいだろう、そこまでするんなら全員合格にしてやるよ」
「・・・マジッすか!?(じゃあ今までのは何だったんだよ?!)」
「ああ、マジだ。調度もうすぐ店を開ける時間だが、早速やってみるか?」
どうやら彼の機嫌は元に戻ったようだ。その様子を悟った晴喜は殴られた箇所を抑えながら一に寄りかかってきた。
「どう?最終兵器の効き目は」
「・・・つーかコレ、わいろじゃね?」
「それは言わんといて;」

続く

登場人物紹介

周囲の人々@
長田剛(おさだ ごう)/36
晴喜たちのアルバイト先である場末の酒屋『日蔭』を経営している男性。かなりの大男で力も超強力。気さくで気前の良い性格だが、見かけによらず繊細でちょっとしたことで暴走してしまう一面も。

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