パニックコメディ パニックラッシュ!


回転撃さん作

〜Opening〜



どこからかシャキシャキとリンゴをかじる音が聞こえてきた。クラッシュがやってくる合図だ。彼がここアーネスト・エミューの農園にやって来る時は、必ずアーネストが育てたリンゴを拝借してから訪れるのだ。
無論、拝借という言葉を使いはしたが返してもらった試しはない。まぁ、元々余ったリンゴは彼に分け与えることにはしているのだが。そして、彼はやってきた。
「やぁ、アーネスト!元気してる〜?」
「やぁ、クラッシュ。今日はどれくれいなんだい?」
彼の要件は大体分かっている。クラッシュは、アーネストの育てたリンゴを分けてもらうために定期的にここへやってくるからだ。それにしても、既に彼の育てたリンゴを頬張っている人から更にリンゴを求められる
というのは少し奇妙な感じがする。
「とりあえず、これに入る分だけおくれよ」
そう言ってクラッシュは、どこにしまっていたのかかなり大きめの袋を取り出した。これを用意しているということは、単にクラッシュがリンゴを食べたいだけでなくココから頼まれたものであると窺える。
「あぁ、分かったよ」
アーネストとクラッシュは、その袋にこれでもかという程もぎたてのリンゴを詰め込んでいく。かなりの数が入る袋だったため、一杯になるにはそれなりに時間がかかりそうだ。自然と2人は他愛もない会話を始める。
「そういえばクラッシュ、黄金リンゴって知ってるかい?」
「え?何それ!」
「10年に1度しか実らないという貴重なリンゴだよ。そのリンゴには10年分の甘みが凝縮されていてとても美味しいらしいよ。僕の情報では、そのリンゴが今年実るみたいなんだ」
これはクラッシュとしてはかなり興味をそそる話題だ。心なしかクラッシュの目が一気に輝きだしたような気がする。
「黄金りんごか〜・・・食べてみたいな〜。ねぇ、それってどこに行けば食べられるの?」
「そうだねぇ、ここよりさらに南に大きな無人島があるんだけど、黄金リンゴはその島の森の中に生えているらしいよ」
「へぇ〜・・・」
そう言ったクラッシュは既によだれを出し始めていた。と、ここでようやく袋に一杯のリンゴが入った。
「・・・っと、こんな感じかな」
「うん、ありがとう。じゃあね」
大きな袋をサンタクロースのように背中にしょいながらクラッシュは意気揚々と歩きだす。しかしその直後、あまりに大量のリンゴの重みに耐えきれず、袋の底に穴があきリンゴが次々と地面へ転がり落ちていった。
「あ・・・;」

その頃、クランチはタスマニア島唯一の飲食店『へぇ〜』のカウンターで店主であるスカンクのぷうと取り留めのない会話をしながら昼食をとっていた。
「・・・うん、相変わらず普通だ」
「それは褒めてるのかけなしてるのかどっちなんですかクランチの旦那・・・」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだが、何だろうな・・・安定感って言うのか?かなり質素な味だからな」
「マジでどっちの方向にとらえりゃいいんですか今のは!?」
「まぁ、多分落ち込む必要はねぇよ」
「・・・ところで旦那。今日はちょいと面白い話題を聞いたんですが・・・」
「ほぅ、何だ?」
「ここから南に真っすぐ進んだところに大きな無人島があるらしいんですが、そこには10年に1度しか実らないという黄金リンゴの木が生えているらしいんですよ」
「そんな話は初めて聞くぞ?」
「それが僕も今日初めて知ったんですよ。とんでもなく美味いらしいので、是非うちの店にも仕入れたいと思っているんですがねぇ・・・」
「そうか・・・どうせならもっと腕の立つ奴に調理してもらいたい気もするが・・・」
「何でそんな事を堂々と言えるんですか・・・営業妨害ですよ最早」
ぷうが眉をひそめてそう言ったところで、店のテーブル席から客の声が響いてきた。
「おい、さっきから注文頼んでるんだけど〜!」
「あ、すいません!今行きます」
慌ててぷうはカウンターを出て客の所まで駆け足で寄っていく。クランチはその様子をぼんやりと見つめていた。
(黄金リンゴか・・・クラッシュが聞いたら大はしゃぎするだろうな・・・)
その時、ぷうはそばにあった椅子にぶつかり派手に体勢を崩して思い切り前のめりに倒れてしまった。ぷうは、ドジだった。
「オイオイ・・・大丈夫かよ?」
あまりに強い勢いで頭から床にぶつけてしまったため、客もさすがに心配そうにしている。
「そ、それで・・・ご注文の方は・・・?」
這いつくばりながらも注文を受けようとする彼の根性だけは評価してやるべきなのかもしれない。クランチはそう思いながら注文を受けて戻って来たぷうに金を渡した。
「それじゃ、俺はこの辺にするぜ。ごちそうさん」
そう言ってクランチは店を後にした。

時を同じくしてとある研究室では、何やら1人の科学者が不気味な笑みを浮かべながら作業をしているようだった。彼は通称クリムゾンアイズ・マッドサイエンティストと呼ばれている。
真紅の瞳と彼の性格がそう呼ばれている所以である。その彼が、今まさに狂乱モードになりつつあるようだ。
「フフフフ、順調だぜェ・・・もうすぐで全ての段取りが取れそうだ・・・計画を実行できる日は近いな。フハッ、アーヒャッヒャッヒャ!」
不気味な声はやたらと研究室に響き、さらにおぞましさを増長させていた。

クラッシュは両腕に一杯のリンゴを抱えながらゆっくりと森の中を進んでいた。持ってきた袋はもう使い物にならず、苦肉の策でこの方法をとる事にしたのだ。
アーネストもクラッシュと同じように腕にリンゴを抱えて一緒に歩いていた。クラッシュだけでは運べる数に限界があるため、アーネストも手伝うことにしたからだ。
2人はリンゴを落とさないように慎重に歩いていく。すると、目の前に1人の少女が座り込んでいるのが見えた。
「お〜!かわい子ちゃん発見〜!」
クラッシュは勢いを変えて軽快な足取りで少女に近寄った。
「やぁ君〜!見ない顔だけどどこから来たの〜?あ、りんごでもどう?」
クラッシュがナンパまがいにその少女に話しかけると、少女は突然振り返り口の中に隠していた鋭い牙をむき出しにしてクラッシュに襲いかかろうとした。
「うがあああ!!」
「う、うわぁぁぁあああ!!」
驚いたクラッシュは、後ろに倒れこんでしまい持っていたリンゴもそこらじゅうにぶちまけてしまった。クラッシュは恐れおののき頭を抱えながらしゃがみ込んで小刻みに震えている。
「うぅぅ、助けて〜。食われるぅ〜、化け物に食われちゃうよ〜・・・」
すると、それを見た少女は急に腹を抱えて大爆笑し始めた。アーネストはこの状況が飲み込めず、ただただ2人を茫然と見つめていた。すると、何と少女の姿が徐々に変わり始めていった。
それは2人が見た事のある少女だった。人間に化けるたぬきのアニー・ラスカである。
「キャハハハハ!今日もいいリアクションね〜」
「な、なんだアニーか〜・・・びっくりしてりんごばらまいちゃったじゃないか〜」
「アハハ、ごめんごめん。一緒に持ってってあげるからさ。それで許して」
こうして、3人は協力してりんごをクラッシュの家に運んでいくことにした。

ココは家に遊びにやって来たアテナ・バンディクーと共に、2人で作った昼食を食べながらのんびりとクラッシュの帰りを待っていた。そして、家の扉が開いた。
扉を開けたのは、予想に反してクランチだった。どうやら例の店から帰って来たらしい。
「あら、クランチ。お帰り」
「おぅ、クラッシュはいるか?」
「私達もクラッシュを待っている所なの」
ちょうど昼食を全て食べ終えたアテナがそう言った。ワンテンポ遅れて昼食を済ませたココがさらに続ける。
「正確にはお兄ちゃんが持ってくるリンゴだけどね。お兄ちゃん、ちゃんと持ってきてくれるかしら・・・?」
「たっだいま〜」
これ以上なく調度いいタイミングで家に着いたクラッシュは、満面の笑みで家に入って来た。後ろにはアーネスト、アニーの2人も一緒にりんごを両手に抱えている。
アニーはココを見るや否や素早くリンゴを手放し、一気に駆け寄ってココに抱きついた。
「わーい、ココ!会いたかった〜!」
「まぁ、アニーじゃない!久しぶりね」
「さっきね、クラッシュを驚かせてやったんだ。そしたら、見事に引っかかってさ〜。あの時のクラッシュ、ココにも見せたかったな〜」
「フフフ、そう」
「まったく、ホントに怖かったんだからな!」
「お前がメンタル弱すぎなんだよ。心身ともに鍛えろっていつも言ってるだろ・・・まぁいい、それよかお前にいい話題があるぜ」
クランチが何やら自信ありげな表情をしながら、そう言ってきた。
「え、何?」
「黄金リンゴってのを知ってるか?」
「うん!めちゃくちゃ美味しい奴なんでしょ!?」
「って何だよ。知ってやがったか・・・」
「あぁ、その話は僕も聞いていてね。僕がクラッシュに教えたんだよ」
「そうかアーネストが・・・考えてみりゃあの場末の料理屋よかアーネストの方がその手の情報には詳しそうだしな」
「誰が場末の料理屋っすかぁ〜!?」
その声にクランチを始め部屋にいた者は一斉に扉の方を向いた。そこに立っていたのは、先程クランチが昼食をとっていた飲食店の店主、ぷうだった。
「ぷう!?何でお前がこんなとこに・・・」
えてして、なんだかんだでクラッシュ家に集合していた6人は、テーブルを囲んでぷうの話を聞いていた。
「それで、さっき旦那が言ってた黄金リンゴの話なんですが・・・ウチの店にも仕入れたいなと前々から思ってまして、是非あなた方にもご協力願いたいなと・・・」
「うん!行く行く!早く行こうよ!」
「待て、早い早いクラッシュ!もうちょっと話を聞けよ」
「黄金リンゴの在り処はここからさらに南の無人島にあるわけなんですが、それが結構険しい場所に生えているそうなんです」
「成程、それで私達にも同行してほしいってわけね」
ココが納得したように言った。
「ココが行くなら、私も行くわ。何だか楽しそうだし」
アニーが元気よくそう言った。アテナもアニーに共感しているようだった。
「そうね、仲間はたくさんいた方がいいものね」
「アニー、アテナ・・・」
「決まりだね!よし、じゃあ早速出発だッ!」
「だから早いッ!」
「え〜、まだ何かあるの〜?」
「未開の土地に行くんだから、原住民の船を借りに行かなきゃならないでしょ?」
「う・・・オイラあそこ苦手なんだよな〜・・・」
これまで誤解を招いたとはいえ、何度か原住民と衝突しているクラッシュにとって、原住民の村に赴くのはあまり気の進むものではなかった。
「う〜ん・・・よーし、ここは・・・おーい!アクアーク!」
クラッシュは息をため込んでから思い切り彼の名を叫んだ。すると、どこからともなく、あの音と共にタスマニアの精霊アクアクが文字通り飛んでやってきた。
「呼〜ばれて飛〜び出てジャジャジャジャア〜ン!だぞい」
「な、何それ・・・」
「いやぁ、最近考案してみたんじゃが、どうかの?」
「うん、やめた方がいいと思う。それよりアクアク、原住民の船を借りるように取り合ってくれないかな?」
「そうか・・・結構自信作だったんじゃがの・・・」
「あの、聞いてる?原住民の船を・・・;」
「分かっておる・・・今言ってくるからの・・・」
そう言ってアクアクは逃げ去るように突然姿を消した。どうやら原住民の村へ直接ワープしたらしい。
「・・・つーかどんだけショックなんだよ!」
その場にいた全員が思っていた事を、クラッシュが代表するかのように言った。

間もなく、アクアクはまたも突然に姿を現しクラッシュに言った。
「クラッシュ、原住民の船を借りる事が出来たぞよ。船のある所まで行くのじゃ」
どうやら先程の傷もすっかり回復しているようで、さも何事もなかったかのようにしれっとしている。早速船をとめてある海岸まで移動するクラッシュ達。
「さ〜て、黄金リンゴのある島に向けていよいよ出発だ〜!」
クラッシュのテンションがますます高ぶってきたところで、クラッシュ達を乗せた船がゆっくりと動き出す。このまま南に真っすぐ進んでいけば、その無人島に辿り着くはずだ。
クラッシュ達は心地よい潮風を浴びながら、黄金リンゴの待つ無人島の方向を見つめていた。

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